『ウルトラマリン』

 眼下に広がる宴の跡は凄まじかった。
 散らばる皿に、倒れた酒瓶の数が半端じゃない。アレの片付けは後で手伝わされる事になるだろう。普段なら、文句をたれながら渋々やらされるのだが、それすら気にならない程、今夜のゾロは最高に機嫌が良い。

 手に持った酒瓶を煽ると、喉の奥に熱い塊が流れ込みカッと全身に熱が広がる。ゾロの生まれた土地でできたという、ゾロ好みの酒はサンジが用意したものだ。
 火照る身体を掠めるよう通り過ぎていく冷たい風すら心地良く、こんな風に旨い酒が飲めるなら秋島の夜も悪くないんじゃないかとゾロは思う。

 キシッ・・・キシッ・・・
 見張台へ登るロープの軋む音がする。
 女達は宴も終焉に近づいた頃、少し足元のふらつくナミをロビンが支えながら、それでも自力で女部屋に戻って行った。
 甲板に潰れていた男共は声を掛けても揺すっても起きやしない。放っておこうかとも思ったが、流石に夜は冷える。
 生まれてこの方風邪をひいた事の無い船長は全く心配していないが、ウソップなんかは簡単に体調を崩しそうだ。
 面倒だったが、とりあえず全員まとめて男部屋に放り込んでおいた。
 だから、良い香りと共に登ってくるこの足音の主は一人しか考えられない。
 もちろん、そんな事、考えもしなくてもわかるのだが・・・・・・



 「オイ・・・つまみ作ってきたぞ」
 見張台の柵からひょっこりと黄色い頭が顔を出す。
 宴の名残か、頬はほんのり赤みを帯びていて潤んだ目も色っぽい。
 酒も入ったし準備で疲れたはずだから、本当なら眠くなるはずだろうに、律儀にツマミまで作ってきてくれるサンジをゾロは本当に愛しく思う。
 見た目よりもしっかりした足取りでサンジはゾロの隣にペタンと座る。

 「こんな夜に独りで飲むなよ、まだ俺がいんだろ?」
 ゾロが飲んでいた酒はサンジには強すぎるので、サンジが新しく持ってきた白い小瓶の酒を小さく透明なグラスへと注ぐ。
 「てめぇをこの世に産んでくれた素晴らしいレディーに感謝しつつ、こうして大切な日を祝えることに・・・乾杯」

 チン・・・

 軽くグラスを合わせる音が澄んだ空に響いた。

 「誕生日おめでとう・・・」
 「おぅ・・・」
 照れくさそうにグラスを空けるサンジと優しい表情のゾロ。
 言われた本人よりも、言った方が照れている。そのはにかんだ笑顔に堪らない切なさが込み上げた。
 心の奥に甘い疼きが浸透し、何とも言えない幸せな空間が広がる。





 愛しげに目を細めてサンジを眺めていたゾロは、ふとある事を思い出しズボンのポッケに手を入れると、ゴソゴソと何かを取り出してサンジの前に置いた。

 コトン・・・

 「やる・・・今日の礼だ・・・・・・・」

 深い藍の透明な小瓶。
 表面には何か刻んである。それはゾロには読めないノースブルーの文字だ。

 首を傾げながらサンジは小瓶を手に取った。

 「ウルトラ・・・マリン?」









 今日着いた島のログは半日程で溜まるそうだ。
 何だかんだと理由をつけて船を追い出されたゾロは一人で街を歩いていた。
 サンジに随分邪険に蹴り飛ばされたが、そんなに機嫌は悪くない。
 なぜなら今日は自分の誕生日で、きっとクルー達は内緒で準備をしたいから、自分を追い出したのだとわかっていたからだ。
 夕方まで戻って来るなと言われたが、裏を返せばその頃には戻って来いということ。
 ちょっと昼寝でもして時間を潰す予定が、なぜだか気が付くと日が暮れかけていた。
 と、いうわけで、ゾロは港へ戻る為に迷子になりつつ街をウロウロ歩き回っている所だった。


 段々と人通りが減り、街の賑わいからも離れていく。
 裏通りというほど暗くもないが、静けさに包まれた空間は淋しげに映る。
 フッと、軒先に飾られた繊細な作りのランプに柔らかいオレンジの明かりが灯り、柔らかい光が辺りを包む。
 照らされた先にはショーウゥンドウに並ぶ、液体が入ったガラスの小瓶が見える、その中にひとつだけ灯る青い光に目が留まった。
 酒屋・・・にしては落ち着いた雰囲気のその店に、なぜ入ろうと思ったのかはよくわからない。
 気が付くと店内へと足が向いていたのだ。



 中に入ると飾られていた以上の数の瓶が置いてあった。
 サイズは小指ほどの瓶から手のひらサイズのボトルまで。形は細長いものや丸いもの、四角くどっしりとした作りのものもある。
 文字が書いてあったり、模様が刻んであったり、なにも手が加えられていないシンプルな状態であったり様々なものがある。
 だが、どれも一様にカラメル色をしており、青いものはショーウゥンドウにある小瓶だけだ。

 「何かお探しかね?」
 キョロキョロと見ていたら奥から白髪の老人が出てきた。
 店の落ち着いた雰囲気と同じく上品な物腰でゾロに声を掛ける。
 「青い瓶は向こうに飾ってあるものだけなのか?」
 疑問に思った事を口にしてみる。
 すると老人はほんの少し目を細め微笑むと、ショーウゥンドウから青い小瓶を手に取ると話を始めた。


 「奇跡の海を知っているかい?」


 昔、大海賊時代の始まりよりも更に以前。
 狭い世界を嫌い一人の男が海へと旅立った。
 信じあえる仲間と出会い、駆け抜けるように過ぎていく冒険の日々。
 グランドラインをひたすらに進み続ける・・・そこで男は奇跡の海を見た。
 一つの海流には存在しえない様々な魚たちと、1秒ごとに青から蒼へ蒼から藍へと全てのアオへと色を変えていくオールブルー。
 やがて月日は流れ、男は仲間と袂を別れ自分が生まれた故郷へと還っていった。

 その男が後世に造ったのが、この香水「ウルトラマリン」。

 奇跡の海を思い起こさせる香り。
 でも時間が経つと甘く優しくなるという。
 過ぎ行く思い出が、時間が経てば経つほどに甘く優しくなるように・・・

 その人物は奇跡の海があった証を忘れたくなくて、その香りを香水にしたのだという。
 それも、昔の話だけどね・・・
 老人は懐かしむように微笑む。


 「その男は海賊か・・・それともコックか?」
 「いや・・・ただの調香師じゃよ」
 老人は笑って答えた。

 「その男は・・・あんたのことかい。じいさん」

 その問いには肯定も否定も返ってこなかった。



 奇跡の海・・・オールブルー・・・・・・それが存在したのだという
 この話をしたらサンジは喜ぶだろうか・・・

 「・・・この瓶を一つくれ」
 「いや、代金は要らないよ。ジジイの与太話を聞いてくれた礼だ持って行きな」

 ゾロは老人に礼をいうと、その店を後にした。










 と、いうわけで。
 「これは『オールブルーの香り』なんだと。
 これがあれば、そこに辿り着いた時に見落としたり気づかないで通りすぎることもないだろと思ってよ・・・」

 小瓶を手に眺めていたサンジがガバッと視線をゾロへと向ける。
 口元が微かに震えた。
 潤んだ目元が月明かりで光っている。
 そのままゆっくりサンジへと腕を伸ばすと、ギュッとゾロに抱きついてきた。

 「すっげぇ嬉しい・・・ありがとう、ゾロ」
 零れるような笑顔と嬉しそうなサンジ・・・この顔が見たかったんだとゾロは思う。

 「けど、今日はお前の誕生日なのに・・・俺が貰っちまって良いのか?」
 「良いんだよ。俺はもう貰った。最高に旨い飯と極上の酒・・・それに良いもんも見れたしな」
 抱きしめていたサンジの顔を上げると、ゾロはチュッと目元にキスを落とした。
 「それに、これで終わりじゃねぇだろ?」
 腰に回した腕に力を込めると、サンジの頬は少しだけ赤くなる。
 「当たり前だ・・・バカ・・・・・・」





 2人の影が月明かりの下で重なる。

 澄んだ大気に、いつもと違う甘い香りが漂う。
 奇跡の海「オールブルー」。
 そこに辿り着いたときに満面の笑顔のサンジの横に、今日と同じように自分がいれたら幸せだろう。










 薄暗い店内に佇む老人。
 小さなテーブルの上には薄汚れた古い手配書が一枚と比較的新しい二枚の手配書が広げられている。

 Dの名を継ぐ者と共に有る者達よ・・・偉大なる海を突き進み、幾多の困難にも屈しず光を目指すなら・・・必ず望む未来に辿り着くだろう・・・・・・

 老人は誰も座ること無い向かいの席に置いてあるグラスへとグラスを合わせる。


 「今日のこの日と、若者達の未来に乾杯・・・・・・」


 End

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ゾロ誕小説です!
ゾロの誕生日なので出番が少ないサンジ・・・ごめん! 前日まで全然話が浮かばなくて、もう間に合わない〜と叫んでいたら
神が降りました(笑)

謎の老人出張ってますが・・・まぁそれはそれで(汗)
ゾロにとっての一番のプレゼントはサンジの笑顔ってことで許して下さい(爆)

ちなみに、文中の「ウルトラマリン」は実際にある香水のウルトラマリンとは
別物だと思って下さい(汗)
瓶の色のイメージはあんな感じですが(滝汗)
なんとか間に合って本当に良かったです!
いつもサンジサンジ言ってますがちゃんとゾロも好きなので(苦笑)

ゾロ、誕生日おめでとう!!!

                                2003.11.11   美影 レン


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