『優しい声が聞こえない』



 仲間も、思い出も、愛しさの旅路の大半を置いて・・・船を降りる。

 そう、"俺達"が船を降りるんだ。


 夢を追いかける為でも無く。

 夢を叶えた為でも無く。

 夢に砕け散った訳でも無く。

 仲間と別れる事になるなんて。

 そんな事が起こるなんて、思いもしなかった。


 チョッパーを諭しながらも、次の瞬間には自分の放った言葉に

 自分の心が切り裂かれている。


 男の決意?

 決闘だから?

 あいつもこうなることを覚悟していたから?

 ・・・それが何だ。

 昨日まで、笑い合って、共に過ごし、闘い抜いた仲間だぞ。

 そんな簡単に割り切れるかクソッタレ!

 頭で理解するのと気持ちは別モンだろ。

 砂煙の向こうに倒れるウソップに駆け寄りたい気持ちは、きっとみんな同じだ。










 「荷物をまとめてくるわ」

 涙の溢れる目元を手のひらで覆い、切れるほど唇を噛み締めていたナミさんが、

 掠れた声でそう言った。

 それを合図のように、時を止めてしまったかのように甲板にたたずんでいたクルー達は、
 思い思いの場所へ向かう。


 ナミさんは女部屋へ。

 チョッパーは男部屋へ。

 ゾロは格納庫へ。

 俺はキッチンへ。



 そして、ルフィは見張台へ・・・






 キッチンの本棚から今まで書き溜めたレシピノートを取り出した。

 俺がゴーイングメリー号に乗り始めてからずっと、書き溜めてきたものだ。

 これまで上陸してきた島や町、その国の食べ物や調理法、調味料まで事細かに書いてある。

 それを開けば、書いた頃の記憶が鮮明によみがえる。

 まるで、俺の航海日誌のようだ。



 レシピを順に鞄に詰め、茶色の表紙のところで手が止まる。

 ウソップ用に作成したレシピだ。

 何が好きで、何が嫌いか。

 どうすれば嫌いなキノコが食べられるか。

 考えに考えたキノコ料理のレシピがたくさん書いてある。


 1ページ目をめくると、船に乗って初めてマッシュルームのソテーを出した日の事が書いてある。

 ウソップは皿ごと残そうとしやがった。

 もちろん。

 長っ鼻を押さえつけて無理やり口にねじ込んでやったのは言うまでもねぇが。



 ゆっくりと、思い出を噛み締めるようにページをめくり続け、静かにノートを閉じる。


 これは、この船に置いていこう。


 そして、バラティエから持参した包丁セットの中から、1つ、小さなペティナイフを取り出して、

 ノートの上に一緒に置いた。

 あいつは手先が器用だから・・・きっと小さなナイフは役に立つだろう・・・と。





 カツ・・・カツ・・・カツ。

 静かに近づくヒールの音がする。

 キッチンの扉を開け外に出ると、女部屋から出てきたのだろう、ナミさんがこちらを見上げていた。

 目元を、赤く腫らせたままで・・・

 その真摯な視線は、俺を通り越し、もう少し上まで辿りついている。


 (あぁ・・・蜜柑の木か)


 ナミさんの大切な大切な蜜柑の木。


 「お手伝いしましょうか?ナミさん」

 声を掛けた俺に、ゆっくりと視線を移し、唇の端を少しだけ上げてナミさんは微笑んだ。

 「このままでいいわ。」

 「・・・・・」

 「思い出は置いていくの。前に進み続けることを選んだのだから」




 口ではそう言ったけれども、きっとウソップの為に残していくのだろう。

 船旅に欠けがちな栄養を少しでも取れるように。

 そして、自分の心のひと欠片をウソップに渡す為に。

 チョッパーが薬を。

 俺がレシピとぺティナイフを。

 ルフィがこの船を残したように。




 視線を上げれば、見張台の上でルフィは

 天空に輝く強い光の中で翻る黒い海賊旗を

 マストの頂点から外していた。


 麦わらの髑髏マーク。

 信念の証を・・・





 そして、格納庫に入ったきり、姿を現さない剣士に想いを馳せる。

 あいつも何か残すのだろうか。


 袂を別つ友の為に・・・










 いつか



 その時が来たら



 俺やゾロも仲間に背を向け



 夢を追うことになるのだろうか



 たった



 独り



 自分だけの道を





 起こり得る未来の一端を垣間見て

 仲間と離れるのとは全く違う痛みが

 喪失感と相まって胸を襲う。





 こんな時、奴がいれば、きっとみんなの沈んだ気持ちを和らげようと

 おどけ、普段と変わらない口調で嘘をつき、笑いを振りまいただろう。



 けれど



 誰よりも気を使い

 仲間を大切に思っていた



 優しい男の声は    もう    聞こえない





 仲間ではいられなくなってしまったけれど



 それでも


 離れていても


 ずっと


 『友達』 だ





 いつか日か

 勇敢な海の戦士を

 もう一度

 仲間と呼べる日が来るまで



 きっと


 ずっと






 End

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 第333話のお話です。

 ジャンプを読んだ直後に泣いて
 その後にも、ふとした瞬間に思い出して泣いて
 思っていたよりもずっとウソップの事が好きだったんだと気づきました

 今回はそんな想いを込めて書いてみました。
 ビビちゃんの時のように前向きな別れではないのでとても辛いです。

 本当にこのまま別れてしまうのでしょうか
 できれば戻ってきて欲しいのですが・・・

 これを書いてるこの瞬間もだいぶ涙目です

 あぁ、でも3晩も泣いたら目が大変なことに(泣)
                            2004.08.25   美影 レン


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