『pure love』





 澄んだ大気と青い空。
 全てが心地好いはずの陽気の中、俺の心だけが灰色に濁り、吐き出す紫煙は溜息となって消えていく。

 ゾロとロビンちゃんが一緒にいる場面を良く見掛けるようになった。
 寄り添うように話をする姿は、まるでお似合いのカップルのようだ。
 纏う空気も同化している。
 今だって、船首甲板でトレーニングをするゾロの横で、ロビンちゃんはデッキチェアに座り、時々ゾロに話し掛けては笑みを漏らしている。
 それを・・・
 とても羨ましいと思う。


 俺は・・・ゾロに失恋した。


 先日、ある島に上陸した。
 むせ返る緑の匂いと、生物の気配、天を覆い縦横無尽に生い茂る密林のジャングルは空島を彷彿とさせた。
 夜には船長の掛け声で派手にキャンプファイヤーが始まり、船に戻ることなく、炎を囲んだまま眠りについた。

 月が頂点に掛るくらいの頃だろうか、暖かい気配で目が覚ると、いつのまにか身体にタオルケットが掛かっていた。

 (誰か船まで戻って、取ってきたのか?)

 身体を起こし、背後の明かりを振り返ると、人影が見える。
 夕食用に狩った獣の血で汚れた刀の手の入れでもしているのか、白い刀身を紙で挟み拭っていた。

 (あぁ・・・ゾロだ)

 何も身に付けていない上半身と横顔が、パチパチと弾ける赤い炎に照らされている。
 明かりに浮かび上がる胸に、袈裟懸けに走る大きな傷。
 それ以外にも、肩や腕にも小さな傷がたくさんある。
 傷だらけの躯と血の付いた刀を見たら・・・心臓が軋んで、思うよりも早く

 「好きだ」

 と告げていた・・・・・・



 ピクリ

 ゾロの肩が揺れ、手が止まる。

 そから永遠とも思える一瞬が過ぎて

 「駄目だ」

 とゾロは言った。

 からかいや、蔑むようなそぶりは無く。
 静かな口調で、ただ「駄目だ」と。

 俺を、振り返る事もせずに。


 (そっか駄目か。)
 (当たり前だ男だもんな。)

 軽口を叩こうとしたけれど、声が震えそうになったから止めた。
 代わりに、パタパタと目から熱い液体が溢れてくる。
 ゾロは振り返らなかったから、気付いていないかもしれないけれど、泣き顔を見られたくなくて、ゾロに背を向けて地面に転がった。
 体に巻きつけていたタオルケットに、グイグイと顔を押し付ける。
 そのまま空が白んで焚き火の火が消えるまで、背中にゾロの気配を感じていた。




 その日以降も、ゾロの態度は別段変わらない。
 ただ俺の胸の奥だけが、鈍い痛みを発している。





 「またこちらを見ているわよ、コックさん。」
 「マツゲが震えているわ。」
 「抱きしめて、慰めてあげたくなるわね。」
 パラソルの下で、手元の本に視線を落としたままロビンが話す。

 「駄目だ。」

 ゾロの言葉に、ロビンが目を細める。
 「じゃあ誰なら良いのかしら?」

 「・・・・・・あいつだったらいい。」
 ゾロは錘を振る手を止めないままで、視線だけを蜜柑畑へと向ける。
 そこには、葉っぱの一枚一枚を愛しい者を見るような目で眺めるナミの姿があった。
 消して幸せな記憶だけがあるわけではない故郷から、大切な思い出を連れてきている。
 夢は世界中の海を海図にする事・・・。
 「あいつらなら、似た夢を持って、望めば同じ道を歩み、表の世界でも生きていける。」

 「そうね・・・私もそう思うわ。コックさんなら航海士さんを幸せにしてくれるでしょうね。」
 本のページをめくる手を止めロビンは言う。
 「剣士さんは私にしておく?」
 ゾロを振り返ロビンは闇色の瞳で薄く微笑んだ。

 「いらねぇよ。」

 「あら残念。振られちゃったわ。」
 クスクスと声を出してロビンは笑った。

 「心にもないこと言ってんじゃねぇよ。」

 「あなたもね。」



 視線を合わせる2人の間を風が流れ、ゾロの緑の短い髪は、芝生のようにフワフワと、ロビンの艶やかな黒髪はサラサラと風になびく。



 「・・・・・・剣士さんが抱きしめてあげれば良いのに。」

 「・・・それも駄目だ。」

 「なぜ?」

 「てめぇならわかんだろ。」
 ゾロは錘を上げ下げしていた手を止め、身体の脇に置くと、柵に背を預けロビンに向かって座った。

 「そうね。わかるわ・・・でもコックさんなら平気なのではないかしら。彼は強いわ。  貴方と共に生きていくパートナーとしては申し分ないと思うけれど。」

 「強いとか、弱いとか。そういうことじゃねぇよ。」
 「俺の生きる道は修羅の道だ。夢に立ちふさがる全てのものを切り捨てていく。誰かの犠牲と屍の上に成り立っている。」
 「でも、あいつは違う。」
 「奇跡の海をいつか見つける。優しい夢だろ?」
 「そして、そんな夢よりも仲間を大切にする奴だ。一緒になんかいられねぇ。あいつに俺の血塗られた道を歩ませたくねぇ。」

 「優しいあいつを・・・血で穢したくねぇんだ・・・・・・」

 「その為には、コックさんが傷ついてもかまわないと言うのね」

 「ああ。仕方ねぇな。てめぇだってそうじゃねぇのか・・・ミスオールサンデー。」

 「嫌なことを思い出させるのね。剣士さん。」


 「そうね、どうしても叶えたい夢があるわ。」
 「語られぬ歴史、空白の一年。・・・真実が知りたい。」
 「その為にならどんな犠牲だって払うわ・・・多くの人の命を奪っても、世界が滅びてしまってもかまわない。」
 ゾロに向けたロビンの黒い瞳は、深い闇を映している。

 「あなたと同じね」

 同じ修羅の道を生きる。
 だからこそ、優しい光に惹かれるのかもしれない。

 「でも、共に生きられないからこそ、私は航海士さんの笑顔を護りたいと思うわ。こんな気持ちは初めてよ。」

 ロビンがゾロから視線を逸らし、蜜柑の木々からチラリと覗くオレンジ色の髪へ向けた。
 そしてロビンは、闇に生きてきたとは思えないほど・・・柔らかく微笑んでいる。




 (俺だって、コックの笑顔を望まないわけじゃない・・・・・・)

 『好きだ』
 と言われた瞬間、自分の耳を疑った。
 俺の望みが生んだ幻聴かと。
 でも、サンジの緊張した気配がそうではないことを知らせる。

 本当は抱きしめて、そのまま自分のものにしてしまいたかった。

 けれど

 炎に映える、白い刀身が、俺に自身の夢を思い出させる。





 サンジを、血で穢したくない。





 声にはせず。
 触れることもしない。
 けれどもいつでも俺の心の奥で息づいている。

 「想いは胸に秘め、忍ぶもんだ」
 誰に言うでもなく、ゾロは言い放つ。

 「ある地域では刃の心と書いて忍と読むの。剣士さんの忍ぶ想いでコックさんは傷ついていくのね。」
 呟くロビンの言葉は船の舳先に当たった波の音に掻き消されたのか、ゾロは何も答えなかった。


 傷つけるよりも悲しませるよりも怖いことがある。
 あの綺麗な魂を穢したくない。



 手を

 差し伸べられないほどに

 愛しているから











 End

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 擦れ違う恋心と
 ゾロの純情。

 大切だから隠さなければならない想いもある・・・とか。
 そんな感じで。

                            2004.09.30   美影 レン


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