『淋しさばかりがこの胸に』



ほんの数日前までは、枝の先で淡く色付いていただけの桜が、気づけば木を覆い尽くさん
ばかりに咲き誇り、はらはらと舞い落ちる花びらが、春霞のように大気を薄紅色に染めていく。
風に揺れる薄紅のその奥に、紅い髪を靡かせながら佇む人影が一つ。
何をする事もなく、降る花を見上げていた。


「おーい!そこのお姉さ〜ん」

「ねぇ!そこの紅いっ・・・新選組の人だろ!」


『新選組』の名に慌てて振り返れば、見慣れない露草色の着物に鶯色の髪の青年が、
の元へと駆け寄ってくる。

「ああ、良かった。やっぱりそうじゃん。そうならそうってすぐ返事してよね?
間違えて知らない人に声掛けっちゃったかと思ったよ。」

ニコニコと人好きのする笑顔に、には見覚えがあった。
返事をしようと口を開きかけるが、花見に興じていた周囲の人々が、
『新選組の人間が・・・来ているのですって・・・』
などと、眉を顰めながらざわめいているのがの耳へと届く。

「あまり大きな声を出さないで頂けますか?皆が驚いてしまいますわ。」

苦笑いを浮かべながら、青年の腕を引くと、は道を外れ桜の木々の中へ姿を潜めた。

「ええと確か、野村・・・利三郎さん、で宜しかったかしら?」
「え!?俺の事知ってるんだ!もしかしたら顔くらいは見知ってるかもとは思ったけど。」

記憶を手繰るように青年の名を口にしたに、野村は『名前まで覚えてるとは思わなかったよ』
と驚いた表情を見せた。

「相馬さんと一緒に居るのをよく拝見しますもの。
それに、花柳館に出入りなさっている方の名くらいは覚えておりますわ」
「ふーん。そうなんだ、ありがと。あ、御免。でも俺、貴女の名前わからないや。」

申し訳なさそうに謝る野村に、

と申します。新選組では一番隊に所属させて頂いておりますわ。」

ふわりと微笑みながらは腰の刀へと左手を添えた。

「それで、野村さんは私に何か御用なのかしら?」
「え?用事なんて別に無いよ?」
「でも、私の姿を見て駆けていらしたでしょう?何か用があるのではありませんの?」

不思議そうに小首を傾げるに、野村は笑う。

「ああ。それは、見た事ある人が居るな〜って思ったから声を掛けただけで、他意は無いんだよ。」
「そうですの・・・」
「あ!御免、もしかして邪魔したかな?」

何かに気づいたようにあっと声を上げた野村は、『しまったな』と呟き気まずそうに頭を掻いた。

「別に、邪魔ではありませんわ。桜を眺めていただけですから。」
「それなら良かったよ。そんな格好だからさ、密偵の邪魔でもしたかと思っちゃって。」

野村が視線を向けたの格好は、遊女のように艶やかなものではないが、
町娘のように質素なものでもない、上品な反物を綺麗に仕立てられた着物を苦も無く纏う姿は、
腰に携えている刀が無ければどでこかの令嬢とも思えるような出で立ちだった。

「綺麗な着物だね、さんに似合ってる。」
「ありがとうございます。」
「でもさ、そんな綺麗な格好だから本当は逢引の待ち合わせでもしてるんじゃないの?」

そんな野村の言葉に、否定も肯定もせずはただ苦笑いを浮かべる。



「そう言う野村さんは、お一人で散策ですの?」

周囲を見渡し此方へ意識を向けている者が居ない事を確認すると、
はゆっくり元居た道へと歩き出した。

「本当はさ、相馬と一緒に来るはずだったんだよ。なのにあいつったらさ、
ちょっと悪戯で褌を隠したくらいで怒ってさぁ。花見も一人で行ってこいって言うんだぜ?
酷いと思わない?」
「褌を・・・隠したんですの?」
「でも冗談なのに!」

いつも涼しい顔をしている相馬がちょっと笑えば良いなと思っただけなのに、
あんな真面目に怒る事ないじゃないかと言いながら、雀のように頬を膨らませる野村の姿に、
はクスクスと笑みを零す。
野村は二言目には『相馬が相馬が』と、相馬の話ばかりしていたが、楽しげに話をする野村に、
自然との表情も綻んでいった。



気づけば並んで歩く二人を、ひらひらと舞う桜が吹雪のように覆っていく。
その流れに手を差し伸べ、風に逆らわず優雅に動く指先が、一枚の花びらを摘んだ。

「今の時期しか咲かないから・・・と思い、散る前に桜を見に来ましたけれど、
やはり一人では駄目ですわね。」
「誰かと見に来れば良いんじゃない?」
「約束はしておりましたけれど・・・忙しいせいか、なかなか一緒に見る機会がありませんの」
「ああ、だから・・・!」
「だから?」
「あ・・・いや。な、何でも無いよ。」

言い澱んだ言葉の先は声にはせず『だから、あんなに淋しそうな瞳で桜を見ていたんだ』と
野村は思い、曖昧に笑う。

「面白い方ですわね」

クスクスと笑うは、指を伸ばし、また花びらを捕らえていく。

「桜の花びらってさ、そんな簡単に取れるもんだっけ?」

吸い込まれるように花が収まるの手を不思議そうに覗き込み、を真似て野村も宙へと
手を伸ばす。
が、捕らえようと手を動かせば動かすほど、花びらは野村の指をすり抜けていく。

「う〜何で取れないんだ・・・」
「例え散っても花は花。殿方に触れられるのは恥ずかしいのかもしれませんわね。」

楽しげに、右手で花びらを捕らえては、左手へと集めていくの手のひらには、
まるでそこには最初から桜が咲いていたのだと言わんばかりに、薄紅の花びらが広がっていた。


「そうだ!折角集めたんだからさ、それ持って行ってあげたら良いんじゃないの?」
「・・・持っていくとは何処にですの?」
さんが一緒に桜を見たいって思ってた人に、だよ!」

それは『とても良い事を思いついた』と、野村はうんうんと頷きながらに言う。

「一緒に桜が見れなくて淋しいなら、さんが見て綺麗だと思った花びらを持って、
逢いに行けば良いんだよ。そうすれば淋しくなくなるし、相手も喜ぶと思うよ。」

の手元に集められた桜を覗き込み、野村はニッコリと笑う。

「喜んで・・・下さるかしら?」
「絶対喜ぶって!だってその人を想いながら集めた桜なんだし、一緒に見たいって
言ってたんだからさ!・・・って、御免、その人と見る前に、俺と一緒に見ちゃったね。
その人に悪いからさ、今日、此処でさんに逢った事は皆には内緒にしておくよ。」
その代りに・・・と、野村は両手を舞い散る桜へと伸ばす。
「俺に花びらのとり方を教えてよ。持って帰って相馬に見せてやるんだ。
『お前が褌探しに夢中になってるうちに、俺はこんなに綺麗な桜を見たんだぞ!』ってね。
そしたらきっと、今度は相馬も一緒に行くって行ってくれると思うんだ。」
「わかりました、教えて差し上げますわ。」

ゆっくりと頷くと、野村へ花びらの取り方を教えようとは指を伸ばしかけるが、
左手で溢れそうになっている花びらに、ふと視線を落とす。

「では此れは・・・大切に持って帰る事に致しますわ。」

懐から出した懐紙に、花びらが押しつぶされてしまわないようにそっと包み込むと、
はそっと着物の袷へ懐紙を滑り込ませた。

さんも、次はその人と来れると良いね。」

明るく笑う野村の笑顔に、『そうなるよう努力致しますわ』と、は微笑みながらそう答えた。



『淋しさを持て余すくらいなら、淋しくないよう行動すればいい』

(そんな簡単な事にすら気づかないなんて、駄目ですわね。)


散りゆく桜に・・・

淋しさばかりがこの胸に、降り積もっていくのだと、そう思っていたけれど

ほんの少し勇気を出せば違う結果になるのかもしれない。


(このままあの人に逢いに行ったら、どんな顔をするのかしら?)


想像し微笑むを彩るように、髪へ、肩へ、着物へと、花びらは降り注いでいった。





【終】

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先日桜を見に行って、ふと思いついたネタです。

野村さんの口調を確認していないので、うろ覚えでスミマセンorz
この時点では野村さんはnot恋愛感情。
何で野村さんが出てきたかと言うと、
相馬さんの事ばかり話す野村さんに癒されるからです。
私が(笑)
『そんなに相馬さんの事が好きなのね〜』みたいな(笑)

ヒロインがこの後誰に逢いに行ったのかは
ご想像にお任せします(笑)


2008.04.12 紅月レン



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