『ただ逢いたくて』


月の無い暗い夜空に、ひらひらと白い、花びらが舞う。

花の咲く季節を心待ちにしているのに、咲き始めてしまえば散るのは早く、 ともすれば満開の桜を見逃してしまうこともある。
何かと理由をつけては騒ぎたがる隊士たちに土方は眉を顰めるが、 その筆頭が局長である近藤なのだから、土方の心配を他所に、 今夜も新選組の屯所では花見の宴が開かれていた。
けれど、はその宴に参加する事なく、一人自室で過ごしている。
大広間で開かれている宴会の賑やかさも、幹部の寝所の近くに在るの部屋までは届かない。
はらはらと舞う花びらの音さえ聞こえそうだと思いながら外を気にすると、 花の降る音の代わりに、サーサーと細く水の降る音が聞こえてきた。

(雨になってしまいましたわね)

ただでさえ散り急ぐ桜の花が、雨で一気に散ってしまわなければ良いけれど・・・
ぼんやりとそう思っていると、ふと外から、屯所では聞き慣れない、 けれどとても良く知っている足音が近づいている事に気づいた。
そしてその音の主は、部屋の窓の前で止まる。

「・・・
小さく呼ばれた声に、気づかないふりをして、けれど気配を消しては窓へと近づいた。

。部屋に居るのだろう?顔を見せてくれないか?」

顔を見なくても、声を聞かなくても、その気配だけでは相手が誰かわかっていた。
こんな夜更けに新選組の屯所に居るはずの無い人物・・・陸奥陽之助だ。

「アンタにどうしても逢いたくて、新選組の花見の宴に招かれた才谷さんについてきたんだ。 でもアンタは居なくて・・・」
返事の無いに、陸奥は話しかける。
「アンタが宴に出ないのは、俺のせいか?顔も見たくないと思う程、俺の事が嫌いなのか?」
陸奥の言葉には、傷付いた表情をしてフルフルと首を降る。
けれども、窓は閉ざされたままでは、様子は陸奥には伝わらない。

「それでも・・・どうしてもアンタに、もう一度、逢いたかったんだ・・・」
静かに、陸奥はそう告げ、からの答えは返らないまま、陸奥だけが言葉を紡ぎ続ける。

「あれから何度も考えた。アンタは剣士で新選組の人間で。おれは力に任せて刀を振るう人間は好きじゃないし、才谷さんがどんなに懇意にしていて、 根っからの悪人ではないのだと言われても、新選組の人間は嫌いだ。」
「・・・・・・」
「だけど。何度考えても、やっぱりアンタの事が好きなんだ。」
迷子の子猫のような細く小さな声。
共に過ごした七日間でも、自分だけに見せる陸奥の弱さのようなものを、 は愛しいと思っていた。
愛しいと・・・そう思ってしまった事実は、記憶が甦り新選組へ戻った今でも、 の心の奥に残っていて・・・切なく苦しく・・・そして苦い想いがの 中に広がっていくのだ。
逢いたくないわけではない、でも決して同じ想いを返す事はできないのだから。



再び呼ばれた名に、は陸奥の居る窓の方へと近づいた。
目を閉じ、陸奥の声に耳を澄ませる。

「好きだ」

「アンタが、好きだ」

段々と強くなっていく雨音にもかき消されない、凛とした意思の強い声。

心が・・・震えそうになった。

「今なら、どんなに大きな声で叫んでも、この雨が声を消してくれるだろう?」

・・・好きだ。」

「・・・好きだ」

「好きだ!」

好きだと、それだけを繰り返す陸奥にはどうする事もできなくて、 閉ざされた窓を開けることができない。


「っくしゅん」
響いてきた陸奥のくしゃみに、は暗く沈んでいた思考から引き戻される。
桜の咲く時期とは言え、夜はまだ寒い。
増してや雨などにあたっていれば風邪をひいてしまうかもしれない。
仕方が無い・・・とは小さく口元に微笑みを浮かべ、窓から離れ自室から出て行く。
そのまま人気の無い廊下を回り、陸奥の居る中庭へと顔を出した。

・・・」
の姿を見て、表情を綻ばせる陸奥に、は困ったように、 けれども柔らかく微笑み掛ける。
「そんな姿のまま放っておいて・・・風邪なんてひかれてしまっては、 才谷さんに怒られてしまいますわ。」
そう言うと、は雨に濡れた陸奥を、自室に来るように促がした。


「此方に着替えて下さいませ。」
陸奥がから渡されたのは、紅色の着物だ。
「此れはアンタの着物か?」
「ええ、そうですわ。この部屋には殿がたの着物はありませんから、 申し訳ありませんけれど、私ので我慢して頂けますか。」
それから、此れで雨を拭って下さいね、と数枚の手拭も一緒に手渡される。
「私は背を向けておりますから」
陸奥に背を向け座るに、言われたまま陸奥は手拭でガシガシと髪を拭くと、 自分の着物の帯に手を掛けた。

の背後で、帯が解かれ着物が落ちた音がした。
それから、数度手拭で身体を拭く音がして・・・止まる。
背中越しの灯りに映し出された影が揺れ、背後から抱きすくめられた。

「何で、抵抗しないんだ。」
陸奥は渡された着物を纏ってはおらず、の背には陸奥の肌が触れている。
「陸奥さんよりも、私の方が強いですもの、心配するような事はありませんわ」
「それはそうだが。でも、今は刀を手にしていないじゃないか」
部屋の隅に置かれたままの刀までは少しばかり距離があり、 が手を伸ばしただけでは届きそうもない。
「純粋に力勝負だったら、男の俺に分があるのではないか?」
「そうでも、ありませんわよ」
クスリと小さく微笑みを零すは、背から伝わる陸奥の鼓動に耳を澄ませた。
「それに。陸奥さんは力ずくでどうこうしようだなんて思われませんでしょう?」
「当たり前だ。でも・・・」
背後から回された陸奥の腕に、少しだけ力が込められる。
肌から直に伝わる熱と鼓動が、陸奥の想いもへと伝えていく。

「私は、陸奥さんを信頼しておりますもの」

警戒する事も、身構える事も無く、そう告げられた言葉に、陸奥は息を止める。
数瞬の沈黙が流れ、陸奥は黙って腕を解きから離れて行った。

「もう良いぞ。」
掛けられた声に振り返ると、普段の青い着物ではなく、の紅い着物を羽織った 陸奥の姿があった。
「アンタの・・・女物の着物に袖を通すなんて、何だか変な気分だな。おかしくないか?」
「花柳界では殿がたが遊女の着物を羽織るのが流行っているそうですから、 女物の着物を着てもおかしくはないと思いますわ。紅も似合っておりますわよ。」
濡れたままの陸奥の着物は風呂敷包みへと包まれ、陸奥へと手渡される。
「でも、どなたかに見られたら恥ずかしいでしょうから、お気をつけてお帰りに なって下さいませ。」
そのまま外に案内され、紅い番傘も手渡される。
「全身真っ赤だなんて、まるでアンタみたいだな」
そう呟いた陸奥に、は曖昧に微笑む。
「着物は差し上げますから、お気になさらないで下さいませ。」
「いや、今度ちゃんと返しに来るさ。そうすれば・・・また逢う為の口実になるだろう?」

雨の中、紅い姿で、陸奥は笑った。



【 ただ逢いたくて 終 】


--------------------------------------------------------------------

同人誌『永遠の約束』より転載しました。
陸奥さんがお相手のお話、『永遠の約束』〜『薔薇に眠る』の間のお話です。

2011.03.27 紅月レン



戻る