どんなに、手を・・・伸ばしても
それが・・・決して、手に入れる事のできない月だとして。
いつか、誰かを傷つけてしまっても・・・
どうしても・・・どうしても・・・諦めきれない・・・と
そう、思ってしまう。
『傷を、付ける。―届かない月―』
屯所内が、静かな宵闇に覆われる頃、夜の巡察へ向かう隊以外、
幹部はそれぞれの自室で、平隊士は大部屋で思い思いの時間を過す。
原田は、永倉に誘われるまま遊里に向かう気にはなれず、
一人・・・部屋にたたずみ、開け放たれた障子のその先の・・・
細い月を、ぼんやりと眺めていた。
その時
パタパタパタ・・・
と、足音を立てて、隊士部屋と中庭を挟んだ向こう側の廊下を駆け抜けて行く人影が見えた。
闇に溶ける紅梅色の髪をゆるくなびかせ、駆け抜けたのは、。
新選組に属する女性隊士だ。
女性隊士の部屋は、平隊士とは別の棟にあり、
万が一何かあってもすぐに対応できるように・・・と、
幹部隊士の部屋からは見える位置に存在していた。
(今日は非番で・・・総司と一緒に出掛けてたんじゃなかったか?)
普段はしないような格好を・・・綺麗な桜色の着物を着て花簪を挿し、
総司と一緒に市中に赴くのだと嬉しそうにが話していたのは昼の事だ。
けれども、うつむいたまま駆け抜けたの姿に、
うなじの辺りがチリチリと・・・嫌な予感がした。
「・・・戻ったのか?」
障子越しに声を掛けるが、返事は無い。
けれど、人の居る気配はしていて・・・
「開けるぞ。」
スス・・・と静かに障子を開くと、暗闇包まれる部屋の真ん中に、座り込むの姿があった。
原田に背を向けるの肩は、少しだけ震えているようにも見えて、
「・・・?」
小さく名を呼ぶと、ゆっくりとが振り返る。
「原田さん・・・」
原田を見上げたその瞬間、の瞳から・・・真珠色の光の雫が零れ落ちた。
目の淵から零れる涙は、月明かりを浴びて淡く光り、頬を・・・顎を滑り落ち・・・胸を伝う。
は声も無く・・・静かに泣いていた。
(どうした・・・とは、聞かねぇよ)
が泣くのは、沖田の事だけだと知っているから。
膝を折り、の前にかがみ込むと、原田は流れ落ちる涙を指先で拭った。
「泣くな・・・とは言わねぇから。でも・・・泣きたい時は、俺を呼べって言っただろ?」
「原田さん・・・っ」
倒れ込むようにが、原田の胸に縋り付く。
「・・・ぅっ・・・んっ・・・」
声を殺し、肩を震わせ。
後から後から、止め処なく溢れる涙は原田の胸元を濡らしていく。
柔らかく抱き寄せ、髪を撫でる。
耳元で、囁くように
「苦しいか・・・?」
と問えば、俯いたまま、はコクリと首を縦に振った。
「そうか・・・」
声もなく、静かに泣き続けるを腕の中に抱きすくめたまま、原田は黙って髪を撫で続ける。
どのくらいの時間そうしていたのかはわからないけれど・・・ふと、
髪を撫でる原田の手の動きが止まり、胸に顔を埋めたままだったの頬に当てられた。
「・・・原田さん?」
顔を上げたの瞳は涙に濡れたまま、不思議そうな色で原田を見上げている。
(総司・・・コイツを泣かせる・・・お前が悪い)
に視線を合わせ、原田はフッと一瞬苦笑いを口元に浮かべると、顎を掬い上げ、
奪うように唇を寄せた・・・・・・
何度も角度を変え、次第に接吻は深くなっていく。
腕の中で、原田に身を預けるように体から力を抜いていくを、
優しく抱き締め、その身体を床へと横たえる。
緩やかに、けれど確実に、意図的に、支点に体重を乗せれば、
それだけでは原田の下から逃れられなくなっていた。
の動きは奪ったまま、肘をつき、原田は少しだけ身体を起こす。
そして、帯に手をあてたかと思うと、紐ごと一気に帯を解いてしまう。
「・・・っ!・・・や・・・ぁ・・・・・・」
目を見開いたは、驚きで一瞬反応が遅れた。
腰の刀へと手を伸ばす前に、両腕を原田の片手で一掴みにされてしまう。
僅かな抵抗の声も、言葉になる前に、再び合わせられた唇に吸い込まれていく。
ほどかれた翠色の紐は、押さえられたの両手首に素早く巻かれ、
その手は頭上へと上げられた。
そして、抜く事が叶わなかったの刀に原田が手を伸ばす。
頭上で両手を縛るその紐の結び目に、緋色の刀が静かに立てられ、
の両手は床に縫い留められた。
そして、を見降ろしたまま、原田はもう一度小さく口元に苦笑いを浮かべた。
「俺を恨んでも、かまわねぇから。」
◆ ◆ ◆
「・・・っ・・・ぁ・・・・・・」
声を上げないようにと、は歯を食いしばっている。
けれど、何度もその肢体を揺さぶられ、喉の奥からは声とも吐息ともつかない小さな音が
漏れていた。
頭上で戒められた両手は、いつの間にか紐が緩み、その片腕だけ自由を取り戻している。
が・・・潤んだままの視線で見上げ、右手を伸ばしてきた。
その指先が原田の左頬に触れ・・・
視線が合う。
最奥を貫きその身体に熱を吐き出した瞬間に、頬にピリリとした痛みが走る。
頬に長い爪痕を残した指先はパタリと床へ落ちていき、は意識を飛ばした。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・?」
荒くなった息を整えながら原田はへ声を掛けるが、反応は無い。
「・・・結局・・・ひでぇ事・・・しちまったな。」
苦笑いを浮かべ、を腕の中に抱え込むと、ぎゅっ・・・と強く抱きしめる。
「・・・俺は、本当はお前の事が・・・・・・」
苦しげに漏れる呟きは、意識の無いには届かないけれど、
その先の言葉は声にできなかった。
ふと、原田が視線を上げた先に、床に突きたてられたままの刀が見えた。
闇に白く浮かび上がる刀身に、自身の顔が映し出されている。
頬に緩く走る痕に・・・決して手に入らない月を望んでしまった、その代償のような傷跡に
・・・胸が締め付けられた。
抱き締める背から腕を離すと原田は身体を起こす。
を見下ろすと、力なく床に伸びる腕へと視線を送り・・・
その手を掬い上げ、指先に・・・咬み痕を付ける。
(このまま・・・あいつの事なんか忘れて・・・俺のものになればいいのに・・・・・・)
・・・・・・と。
祈るような気持ちで・・・そう思った。
【傷を、付ける。―届かない月― 終】
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原田さんの頬には爪痕が、ヒロインの指先には咬み痕が残りました。
見る人が見ればわかるもの。近藤さんとか永倉さんとか(笑)
でも、沖田さんはどうかな・・・(苦笑)
あ。ちなみに二人の初めてはコレです。
初めてなのに強●・・・・・・
でも当初から決めていた事なので。すみません。
この話の対で、『傷を、付ける。―優しい人―』を書こうと思ってます。
ヒロインに何が起こったのかはそちら側で。
ちなみに、時系列では『切ない距離』&『独占欲むき出しの恋』の
少し後くらいのお話です。
2011.05.15 紅月レン
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