『愛しさの旅路の果てに』


明けない夜のように、ただひたすらに、泥沼のような戦いが続いていく。
銃火器が主流となった新政府軍との戦闘の中で、それでもは剣を振るい続けてきた。
それだけが、己が進むべき道だとでも言うように。

(もう・・・腕が、上がらない)

刀を合わせる訳ではなく、銃を構える相手に斬りかかっていくのは、の体力も精神力も酷く消耗させた。
手にした刀を、重い・・・と、感じてしまう程に。

動かない身体が、近くに落ちた大砲で巻き上がった爆煙の中に飲み込まれていく。
利かない視界の中で、「うお〜〜〜〜〜!」と言う、声と共に誰かが刀を振り上げた気配がした。
けれど、は刀を振り上げる事も、その場を動く事もできない。

(最後の最後に、剣士の刀に倒れるならば・・・それは・・・本望ですわね)

小さく、口元に笑みを携えて、諦めるように、は瞼を閉ざそうとした。

その瞬間、


『駄目ですよ・・・貴女はまだ、戦えるでしょう?』


耳の奥に、懐かしくも優しい声が・・・聞こえた気がした。

心地よい剣気が、背後からを包み込み、フワリと吹いた風が、煙を消し去る。
見上げた視界の先に、高く蒼い空が広がった。

その視線の先に、敵将の姿を捉えると、もう動かないと思っていたの腕が、何かに支えられるように振り上げられる。



閃く剣先は、音も無く空を切り裂いた。

刹那の静寂のあとに訪れた


ゴトリ


トサッ


という二つの音。


一つ目は、の放った斬撃に切り離された、敵将が首の落ちた音。

二つ目は、の・・・右腕が落ちた音。

敵将が首を落とされる瞬間に、へと振り下ろされた刀が、の右腕肘から下を切り落としたのだった。

「・・・っ―――――――――――――」

声にならない悲鳴が空に溶け、の身体が崩れ落ちた。

途切れた腕から溢れ出る血がの周囲の大地を紅に染め上げていき、流れ続ける紅い体液は、急速にの体温を奪っていく。

蝦夷の雪に埋もれてしまったかのように凍える身体。

けれども、途切れた右腕だけが、炎のように熱かった。

『もう・・・刀が振れない・・・此れで、本当に最期ですわね・・・』

薄く開かれたの目は、空の青さを映さない。
轟いていた砲台の爆音も、もうの耳には届かない。


これでやっと、皆に逢える・・・薄れていく意識の中でそう思い、小さく笑みを浮かべたまま、の意識は白い闇の中へと沈んでいった。







ぽつり


ぽつり・・・




『雨の・・・音・・・?』


あとから、あとから、頬へと当たる


『暖かい・・・雨・・・?』




「・・・・・・・・・」

「目を、開けてくれ・・・


目を開き、霞む視界の先に、もう逢えないと思っていた、愛しい人の姿がある。

(これは・・・夢?)

けれど、夢でも、幻でも構わないとは思う。

「原田・・・さん・・・」

「ああ、そうだ、俺だ。原田左之助だ。・・・迎えに来た。」





「もう刀が振れません。剣士でも居られなくなってしまいましたわ」

「俺と一緒に居た時のお前は、剣士じゃなかっただろう?」

「でも・・・もう、両腕で左之助さんを抱き締める事もできません。」

「俺が代わりに、抱き締めてやるさ。・・・お前が、生きて・・・そこに居てくれるだけでいいから。」


「私は・・・己で選んだ事がどんな結果になったとしても、自分で考えて決めた事なのだから、決して後悔はしないと堅く心に決めて生きて参りました。 けれど・・・一つだけ、深く後悔していた事がありますの。 原田さんが・・・上野で戦死したとの報を聞いたとき、戦場で散る運命ならば、どうして同じ戦場に居られなかったのだろうと・・・そう思いましたわ。 約束を破り、誓いを捨て・・・この手を離したのは私の方なのに。 ・・・どうして、最期の時を、共に過ごせなかったのだろうと・・・とても・・・とても、後悔しておりましたの。」

大量の血を失い、急速に体温が下がっていく冷えたの左手が、震える原田の指先に触れる。

「俺も・・・俺も同じ事を思ったぜ。上野で大怪我を負って、生死の境を彷徨って・・・こんな所で死ぬ為に、俺はの側を離れたのか・・・ってな。 新選組を離れても、結局戦って死ぬのなら、どうして最期までお前の側に居てやれなかったんだろうって・・・すげぇ後悔した。 ・・・だから迎えに来たんだ。俺はお前と命を共にするって、そう決めてるって言っただろ?」

凍えるの指先に熱を伝えるように、原田は強くの手を握り返した。
パサリと音がするのではと思うほど長いの睫毛が揺れ、ゆっくりと、二度、三度瞬きをすると、の静かな視線が原田へと向けられる。

「でも・・・後悔・・・しても、私はまた、同じ事を繰り返すかもしれませんわ。 何度、時を戻しても・・・何度、原田さんが新選組を離れたあの日に戻ったとしても、きっと私は、原田さんと共に行くことを選べないと思いますもの。 何度も後悔し、何度も繰り返したとしても・・・きっと、私は独り戦場に向うんですわ。」

諦めたように微笑むを抱き起こし、原田はを柔らかく抱き締めた。

「大丈夫だ。その時は、今度は・・・俺がお前の側に残る事を選ぶから。 それがお前の為になると思って、総司の元へやったときも、新選組に残した時も・・・すげぇ後悔したんだ。だからもう間違わない。 もう二度と・・・お前を離さねぇから。生きるのも、死ぬのも一緒じゃなきゃ駄目だ。だから、。俺を置いて逝くな」

原田の目から止め処なく溢れる出る涙は、光りに輝く雫となり、ポタポタと落ちての頬を濡らしていく。

を挟んで、原田と逆側に、土方は膝をつきの右腕を止血している。

「こんなものでも無いよりは幾分マシだろう。」

懐から出した、塗り薬を途切れたの腕に塗りながら、土方はへと視線を落とす。

「もう、良いんじゃねぇのか。お前は良くやった。好きなように生きても良い頃だろう?」

「でも・・・沖田さんが・・・」

「あいつが、お前を送り出したのは、こんなところで死なす為じゃない。前を向いて、お前らしく生きて欲しかったからじゃねぇのか。 総司は、お前を恨らんじゃいねぇ。だから、お前ももう自分を許してやっても良いんじゃねぇのか。一緒に居たいと願う相手がいるだろう?」

「私・・・原田さんの事を・・・愛しているんです。」

「ああ、そうだな。判っていた。知っているのに、表立っては何もしてやれなかった。すまないな。」

フルフルと、は頭を振る。

「本当は、沖田さんが生きているうちに・・・伝えなければいけませんでしたのに・・・勇気が・・・無くて」

「大丈夫だ。総司だって判っていた。判っていてお前を送り出したんだ。口には出さなかったが、お前達の事は認めていたさ。」

土方の言葉に、の肩が震えた。
どうして、赦されない・・・だなんて思っていたのだろう。
こんなにも、皆に愛され・・・見守られて生きてきたのに・・・

の視界が滲んでいき、閉じまいと瞬きを繰り返す目元から熱い涙が溢れ出す。
そのの涙を指先で拭うと、土方は小さく微笑んだ。

「お前の、剣士としての魂は、俺が、総司の元へ連れて行ってやるから」

土方は、から切り離された右腕を刀ごと掬い上げると、脱いだ軍服の上着に包み込み、決して落とさぬようにと、強く自分の腰へと括りつけた。


「・・・新しい世の中で、幸せになれ」


二人を一瞥した土方は、馬に跨るとそのまま戦場を駆け抜ける。

「我が名は新選組副長、土方歳三なり!この首が欲しい奴は、臆せずかかってくるが良い!!!」


敵の目が、一斉に土方へと集中する。
轟音が轟き、砲台が炎を上げ、いくつのも銃声が木霊する。

広がる煙幕に紛れるように、と原田の姿は、いつしか戦場から消えていた。






愛しさの

旅路の果てに現れたのは


愛する人と共に踏み出す

新しい道。


思い出と呼ぶには、まだ色鮮やかすぎる記憶たちは
胸の奥深くで、鋭い痛みを伴うけれど・・・

愛しい人と一緒ならばその傷さえも、癒していける。


同じ傷と、痛みを胸に、

ふたり歩き出す。


いつの日か、鼓動が止まるその瞬間まで

ずっと・・・一緒に。



◆ ◆ ◆



土方歳三は、一本木で腹部に銃弾を受け戦死した。
それから、僅か七日後。
榎本武揚ら旧政府軍は降伏し、戊辰戦争は集結を見る。
と同時に、新選組最後の隊長となった相馬肇の手により、六年間に渡った新選組の歴史に幕が下ろされた。

後の記録の中で、新選組十番隊隊長原田左之助は、上野戦争で彰義隊として参戦し重傷を負い、神保山城守屋敷で死亡したことになっている。
そして、新選組一番隊に女剣士が居た正式な記録は無い。



蝦夷の地をあとにした、その後の二人の行方は、誰も知らない・・・・・



明治新政府が設立され、新しい世の中となっても、混乱の中で弱い者は力に虐げられる日々を送っていた。
そんな人々の前に、隻腕の剣士が現れるのは・・・また別の話となる。



【 愛しさの旅路の果てに 終 】



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サイトオリジナルヒロインの最後のお話です。
だいぶ以前に書き上げてはいましたが、アップしていなかった事に気づいたので。
データ整理をしていて見つけて…懐かしさが溢れました。
楽しんで頂けましたら幸いです。


2022.02.12 紅月レン



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