『桜草』
「はぁ〜。やんなっちゃうねぇ〜…」
目の前に広げられた書簡の山を見て俺は改めてゲンナリする。
外には真っ青な空が広がり、小鳥が囀り、休憩中の隊士達の笑い声が聞こえて来る。
どこまでも続く青い空。
嬉しそうに歌う鳥。
楽しそうな皆の笑い声。
…なのに!!
なーんで俺は自分の部屋に閉じこもって、この仕事の山に埋もれてなきゃならんのかなぁ?!
「いつも遊んでばかりで全く仕事をしなかった、今までのツケだ」
俺の正面に座り、隊士達の巡回報告書に目を落としたまま
新選組の鬼副長、トシ−土方歳三−は俺に言い放つ。
「冷たい言い方だねぇ〜。だから皆から嫌われるんだよ、お前はさぁ〜」
「特に好かれようとは思っていない。そんな事はいいから早く仕事をしてくれ」
やっと俺の方を見てくれたトシの眉間には皺が寄っていた。
「怖いねぇ〜」
俺はとりあえず一番上にある書簡に手を伸ばし、中身を確認する。
…が、すぐに飽きてポイッと放り出す。
その様を見たトシの眉間にはますます皺が寄る。
「なぁ、トシ。そんなに皺を寄せてたらせっかくのいい男が台無しだぜ?」
「誰が寄らせてるんだ、誰が!!」
いよいよトシの血管が切れそうになったそのとき、いきなり障子が開き、
「近藤さーん、さんを見かけませんでしたか?」
と、見知った顔が現れた。
蒼銀の髪を持つ俺の弟、沖田総司だ。
「いや、ここには来てないぜ?」
「そうですかぁ…。あれ? 土方さんじゃないですか。 何してるんですか? 楽しそうだなぁ〜」
総司は俺の目の前で眉間に皺寄せているトシを見つけ、楽しそうに笑う。
「総司、見てわからんのか? 俺達は仕事をしているんだ。邪魔をするな」
「別に邪魔してるつもりはないんですけどねぇ?」
総司はそう言いながら首を傾げながら俺の傍へ近づき、ちょこんと俺の隣に座る。
俺はそんな総司の頭を撫でてやる。
コレが俺達の慣習になっている。
一日一回は総司の頭を撫でないと落ち着かないし、またきっと総司もそうなんだろう。
「じゃあ、僕、土方さんに怒られる前にお暇しますねー」
「あぁ、そうしてくれ」
「またなー、総司〜」
満足したのか、総司は笑顔で部屋を出て行った。
…が、すぐに障子の隙間から顔だけを出し、
「もしさんが来たら、僕の部屋に来るように伝えて下さいね?」
と、勝手な事を言い終えると俺達の返事を待たずに障子をピシャッと閉めた。
しばらく沈黙が流れる。
総司が登場した事で明らかにトシの機嫌が一段と悪くなったのを感じ取った俺は、
黙って書簡に目を通し始めた。
しばらくすると、誰かが廊下をドタドタと走る音が聞こえ始めた。
その音は段々と近づいてくる。
どうやら目標はこの部屋らしい。
「なんだいなんだい、今日は騒がしい日だねぇ?」
「…だから近藤さんの部屋で仕事をするのは気が進まなかったんだ。いつも邪魔ばかり入るからな」
トシは嫌味ったらしく大きなため息を落とすと、眉間に寄った皺を親指で抑えながら、
また報告書に目を落とす。
俺は書簡をおき、障子の方を見やった。
さて、誰が登場するのやら…。
「なぁ、トシ。誰が来ると思う? 賭けない?」
「賭けん!」
ドタドタドタドタ…!!!
その足音が一番大きくなったとき、ピシャッと障子が開く。
そこには銀髪で褐色の肌を持つ大男が立っていた。
新選組一の槍の使い手、原田左之助だ。
「なんだ、原田君だったのかー。俺、永倉君か才谷君かなーって思ってたんだけどなー」
俺は唇を尖らせてトシに話を振るが、トシはちらっとこっちを見てすぐに視線を戻した。
…無視かよー。ひでぇなぁ…。
「…原田、仮にもここは局長室だぞ。騒がしいのも程ほどに…」
「なぁ、のやつ、見なかったか?!」
トシのお小言と原田君の第一声が重なる。
言葉をさえぎられたトシの機嫌は更に一層悪くなった様で、俺はもうトシを見れなかった。
トシの眉間に皺は今までで最高潮に深くなり、一両は余裕で挟めそうだ。
…やってみたかったが、火に油を注ぐようなものなのでやめておいた。
「いや、来てないし見てないねぇ? てか、総司も君も、なんで俺に聞くわけ?」
率直な意見だと自分で思う。
確かに俺は局長だけど全隊士の動向を知ってるわけじゃないし、
ましてや巡回に出ているわけでもない平隊士の行き先なんて知るわけがない。
「いや、なんつーか… 昨日、のヤツが近藤さんにお願いごとがあるって言ってたからさぁ…」
原田くんは眉をへの字に曲げると、頭をガシガシと掻く。
「へぇ… くんが俺に? なんだろうねぇ… あ、一夜の供とか? それなら大歓迎だよ」
「な…!! 近藤さん、いくらあんたでも言っていい事と悪い事があるぜ!?」
原田くんがいきり立つ。かなりの殺気だ。槍を持ってたら即座に突かれそうだ。
ただの冗談なのに…。
「何怒ってんだよ、冗談だってーの」
「…心臓に悪い冗談はよせよな!!」
今度は不機嫌そうに眉を逆ハの字に曲げ、イライラしながら頭をかきむしる。
表情がコロコロ変わって忙しいヤツだねぇ、ホントに。
「原田、用件はそれだけか? 仕事の邪魔だ。用事がすんだらさっさと出て行ってくれ」
トシは冷たく原田君にそう言い放つ。
そう言われた原田君は改めて俺の部屋の惨状を知った様で、にやっと笑うと
「なんだ、近藤さん。また土方さんに絞られてんのかよ」
「うるせー」
「うひゃひゃ、まぁ、日頃仕事もしないで里にばっかり下ってるツケだな。頑張れよ」
手をひらひらさせながら踵を返し、障子に手をかけた原田君は何かを思い出したように顔だけをこちらに向け、
「あ、が来たらよ、俺の部屋に来るように言ってくんねーか? 頼んだぜ」
そういうと部屋を出て静かに障子を閉めた。
また、静寂が部屋を包み込む。
ペラッとトシが報告書をめくる音だけがその静寂を破る。
俺は頬杖を付き、藤堂君が用意してくれたお茶をすする。
「さて… どうしたもんかなー?」
「…何がだ?」
休憩に入るのかトシも報告書を置き、お茶に手を伸ばす。
「何って総司と原田くんだよ。あいつらがあそこまでくんにハマっちまうとはねぇ?」
俺は彼女−−が入隊を申し出てきた時のことを思い出していた。
器量もよく、その立ち振る舞いは優雅で、そのまま太夫にでもなれそうなほど男を魅了する雰囲気。
圧倒感。
しかしその剣の腕前は他の新入隊士の群を抜いていた。
彼女の剣には華やかさがあり、色んな剣を見てきた俺でも見惚れてしまったほどだ。
それ以上に華があるのはその容姿。その瞳。
だが、その瞳の奥で光る紅蓮の炎を俺は見逃さなかった。
何かを堅く決意したその炎。キラリと光る血のように紅い炎。
それは夜叉の物そのものだった。
俺はその炎の理由が知りたくて、周囲の反対を押し切り彼女の入隊を許可した。
「近藤さんもわかっていたはずだろう?」
トシが低く静かな声で言う。
「あいつが…が、本人が望むところでなくとも屯所中の男を惑わすだろう事など、
あんたなら容易に想像できたはずだが?」
確かに。くんは屯所の規律を乱すだろう。
彼女に魅了された隊士達が彼女を手中におさめんとばかりに争いが起こるかもしれない事は
目に見えていた。
それだけの魅力が彼女にはある。
ましてや女に飢えた、男所帯の新選組だ。
その中に一人、女性を放り込むのは危険なのは十分承知していた。
だが…
それでも俺は、彼女の紅蓮の炎の正体を知りたかった。
「あぁ、そうだね。だけど、それが総司と原田君だったとは、ねぇ…」
ふぅ、と俺はため息をつくと心を落ち着かせようとお茶に手を伸ばした。
「確かに… 総司がああなるとは、実は俺も思っていなかった」
そう言うとトシはフッと口角を少しあげる。
「原田君や永倉くん辺りが骨抜きにされちまうかもとは思ってたけど、まさか総司とはねぇ?」
「…自身は最初から総司を目的としていたようだがな…」
「え? そうなの?!」
俺は身を乗り出した。そいつは初耳だ。
トシは目を閉じながら、音を立てて茶をすする。
…あれー? そんな態度、くん見せてたっけなぁ?
俺は初期の彼女を態度を思い返してみたが全然思いあたらなかった。
「の総司を見る目、明らかに違っただろう。それに…」
「それに?」
「近藤さんがに一番隊配属決定を下したときの、あの笑顔… 恋する女そのものだったぜ?」
俺は必死にその時のことを思い出していた。
…だが、その時のくんの笑顔を思い出せない。
きっとその時の俺は里に行きたい一心で仕事をさせられていた違いない。
「フッ、だから近藤さんはいざってときに女に逃げられるのさ。
女好きなくせに女心を全くわかっちゃいねぇ」
「うるせーなぁ…」
俺は急に恥ずかしくなってぷいっとトシから顔を背けた。
…確かに、俺はいざって時になるといつも女の子に逃げられる。
その点、昔からトシは狙った女の子は必ず手に入れていた。
何だか急に悔しくなり、トシが目を通していた報告書に手を伸ばし、
それをバッと部屋中に撒き散らした。
「近藤さん! 何するんだ!!」
トシが立ち上がり、俺に抗議する。
「ふんっ」
俺はべーっと舌を出すと自分の書簡に手をつける。
トシは眉間に皺を寄せ、一枚一枚報告書を拾い始めた。
「…あんたはホントにガキの頃から何にも変わっちゃいねぇな…」
トシがぼそっと呟く。
あのトシが一枚一枚紙を拾う様を見て、何故か急に悪い事をしてしまったという自責の念が沸き、
俺も報告書を拾い始めた。
「…手伝うなら最初からあぁいう事は慎んでもらいたいもんだな」
「いやいや、まぁまぁ。ほら、さっさと拾おうぜ」
「…本当にガキの頃から変わっちゃいねぇ…」
呆れ顔のトシと苦笑いの俺。
仲良く部屋に散らばった紙を拾い集めていると、障子の向こうから可憐だが強さのある声が
聞こえてきた。
「失礼いたします、です」
静かに障子を開け、部屋の中に入ってきたくんが目の当たりにしたのは、
部屋中に散らかった報告書を屈み腰で拾い集める
新選組局長とその鬼副長。
「ど、どうしたんですの…?」
吃驚したのか、くんは大きな目を更に大きくして俺達を凝視していた。
「いやぁ… 実はさぁ、さっき突風が吹いちまってさぁ…」
「…でも、障子は閉まっておりましたけれど…」
くんは「?」顔で今自分が入ってきた障子を振り返り見やる。
「…近藤さんがつまらんことで癇癪を起こして報告書を撒き散ら…」
「あぁ、さっきまでは開けてたんだよ。ほら、部屋の中が暑くてさぁ! あっはははは!!」
俺はトシの口をふさぎ、苦し紛れの嘘をつく。
そんな俺達のやり取りをみて何かを察したのか、くんはニッコリ微笑み
「お手伝いいたしますわ」
と、紙拾いを手伝ってくれた。
さすがは大人3人がかり。すぐに紙は集まり、トシの元へと全て返ってきた。
それを受け取ったトシはわざと俺の手の届かない場所へとそれを置いた。
…嫌味だなぁ…
「手伝ってくれて礼を言う。…ところで何用だ?」
じとーっとした視線で自分を見つめる俺を無視して、トシはくんに問う。
「ええ、あの、実は近藤さんにお願いが…」
「俺がいては邪魔な話か?」
「いいえ、そんなことはありませんわ。お気遣い感謝いたします。
むしろ…土方さんもいてくれると助かりますわ」
くんは優美に微笑むと俺とトシを交互に見やり、実は…と話を切り出した。
話を纏めるとこうだ。
いつも世話になってる総司に初めての給金で何か贈り物をしたい。
だが、総司の好みがわからないので教えてほしい。
俺達は総司の好みの物を連々と言い並べる。
それを細かな達筆で書きとめていくくん。
すべてを言い終えると、嬉しそうにくんは「ありがとうございます!」と満面の笑みを作った。
…女の子にこんな笑顔をさせるなんて… 総司も隅におけないねぇ…。
「お前からの贈り物なら総司も喜ぶだろうさ」
珍しくトシは優しい微笑みをくんに向け、早く買いに行けと促す。
くんは会釈をし、部屋を出て行こうとする。
そのとき、俺は総司と原田君から言伝を頼まれている事を思い出した。
「あぁ、ちょっと待って。何かさぁ、総司と原田君が君に部屋に来てほしいらしいぜ?」
くんは少し考え、にこっと微笑み、
「ありがとうございます。原田さんは後日にしますわ」
と言うと静かに部屋を出て行った。
くんの足音が聞こえなくなると同時に、俺とトシは声を合わせて呟いた。
「原田君、可哀相になぁ〜」
「原田… 不憫だな…」
――― 次の日
昨日からの仕事が終わり、俺は散歩にでも出ようと部屋を出、玄関へと向かった。
途中、中庭にさしかかり何気なく様子を伺うと、
仲睦まじく猫と戯れる総司とくんがいた。
二人とも幸せそうに微笑みあい、付き合い始めの恋仲の二人のように見えた。
総司のあんな笑顔、見たことねぇや。
…くんもあんなに嬉しそうに。
初々しい二人を見ているとこっちも嬉しくなっちまうねぇ。
あの総司をあんなに笑わせてくれている事に、俺はくんに心から感謝したい。
総司は今、心から幸福感を感じているんだろう。
まだまだ若い二人の恋を、俺はじっくり見守ってやりたいと心から思っていた。
自然と笑顔になって歩を進めた俺は、曲がり角からドス黒い暗〜い気を放ち、
下を向いて歩く一人の男と遭遇した。
男が歩を進めるごとに首にかけた鎖がジャラジャラと音を立てる。
関り合いになりたくなかった俺は物陰に隠れ、そっと気配を殺し様子を見る。
その男は仲睦まじい二人を見て悔しそうに顔を歪めると、俺にも気づかずどこかへと消えて行った。
「不憫だねぇ…」
知らない間に俺はそう呟いていた。
これは
三人の三角関係が深刻化する、ほんの少し前の出来事だった。
【完】
--------------------------------------------------------------------
ワン★だふる本舗 / youさまより頂きましたv
沖田さん×固定ヒロイン←原田さん設定で
近藤さん視点のお話を書いて下さいました!!!
わ〜わ〜わ〜vvv
何と言うかもう・・・嬉しいやら恥ずかしいやら(笑)
この3人が近藤さんにどう見えているのか知りたくて・・・
近藤さん視点でお願いしますv
とリクエストさせて頂いてしまいました(笑)
タイトルの『桜草』の花言葉は
【あこがれ、悲痛、青春のはじめと悲しみ(英)、恋の望み、希望(仏)、若い時代と苦悩】
だそうです・・・なんか切なくなります(きゅん)
youさん、素敵なお話ありがとうございまいました!
大好きですっ!!!
2007.01.13 紅月 レン
戻る