『願いの雪』
耳に心地よい鈴の音と、高く甘やかな何かを強請る声
滅多に声を出して鳴かないはずの、沖田の黒猫『蛍』がジッと見上げ鳴いた先には
飼い主である沖田総司が統べる、一番隊の唯一の女性剣士である『』が居た
「あら…蛍さん…? どうかなさいましたの?」
そっと白い手を差し出してくるの手に、蛍は小さな鼻先を近づけると
突然フイッと顔を逸らしてしまう
「嫌われて…しまいましたかしら?」
寂しげな微笑を浮かべ、がそう言うと蛍は身を翻し
主人である沖田が床に着く部屋へと、先に走り去ってしまう
其の後を、はゆっくりと同じように沖田の部屋へと足を向けた
池田屋での昏倒以来一番隊を統べるはずの沖田は、今は療養中で隊務には付いていない
幾ら沖田の手で鍛え上げられた、近藤の親衛隊とも呼べる一番隊でも
『組長不在では、何があるかわからない』と言う沖田からの『お願い』で、は今
原田が組長を勤める十番隊に、貸し出されていた
「失礼致しますわ、沖田さん…お加減は如何です?」
「お帰りなさい、さん」
障子を開き沖田へと声をかけたに、沖田はにっこりと微笑みを浮かべ出迎えた
床には居るものの、起き上がっていた沖田の膝には子猫がぐるぐると嬉しそうに
喉を鳴らして擦り寄っていた
「僕も早く隊務に出たいですよ、いつまでも布団に居ては腕が鈍ってしまいそうです
蛍は僕と一緒に屯所で暮らしていますが、他の猫達も心配ですからね」
「そうですわね、餌を上げに行くと一瞬見詰められてますわ」
(猫達の視線の先は…いつも、沖田さんを探していましたもの)
「すみません、さんも隊務があるのに『猫達の餌やり』を頼んでしまって
今日は、十番隊はお休みですか?」
「はい、といっても…いつもの様に、朝稽古は済ませてますの」
静かに微笑を浮かべるに、沖田も『そうですか』と笑みを返す
どうして床に居るのだろうと、何度も思ってしまう様な笑顔を浮かべる沖田を
見るたびに、の心に痛みが走る
「風邪を早く治されて、又私にも稽古を付けてくださいませね?」
「ええ、勿論ですよ。貴女は稽古の付け甲斐がありますからね」
不思議なほどに不満も言わず、笑顔だけを浮かべている沖田の姿が余りにも不自然で
そして、近藤を始めとする試衛館からの幹部隊士達の気にかけようにも、違和感を
感じていた
今までも仲は良かったが、近藤やあの土方が沖田に対して一層甘くなっている事も
は気づいていた
「さんは………か…?」
「……え…? 今、何と仰いましたの?」
余りにも小さな囁きで、は沖田の言葉を逃してしまった
すぐに訊ね返しても、沖田は『何でもありませんよ』と微笑みを浮かべてかわしてしまう
いつもと変わらない当たり障りの無い会話を済ませると、は沖田の体調を気遣い
部屋を出る
少し廊下を歩いた処で、小さな黒い子猫が足をすり抜け走り去っていくのも
いつもと同じだった
「すまないな、。猫の世話までさせて」
「土方さん、私は別に…」
声をかけてきた土方の足元には、先に走り去っていたはずの子猫の姿があった
子猫は土方の足元をクルリと一回りすると、また沖田の部屋へと戻っていく
「お前も忙しい事だな、蛍」
「蛍さんが…忙しいのですか?」
「総司のそばに、人を集めて回ってるのさ。主人が寂しくないようにだろうな
あいつは、本心だけは意地でも言いやがらねぇからな」
― 尽くす、請いしと、相手を求め鳴き叫ぶ『蝉』よりも
鳴かずに相手を求め、世を彷徨う『蛍』が身を焦がす ―
色里で流行っているそんな戀歌遊びが、の頭を過ぎった
子猫が走って行った先、沖田の部屋へ目をやると、床に居たはずの沖田が
起き上がり縁側にぼんやりと空を見上げ佇んでいた
「蛍……あの人は、僕の元へ帰ってきてくれると思いますか?」
足元に擦り寄る子猫を抱き上げ、小さな頭に顔を埋めると
誰にも聞こえない声で、口だけがゆっくりと動く
― こんな僕の傍に、剣術を極めようと頑張るあの人を
置いておくわけにはいかない
僕からは…引き離した方が良いのも解ってる
大切だからこそ
でも…
それでも…
帰ってきて欲しい…傍に居て欲しい ―
「我侭を言って、これ以上困らせてはいけませんよね…」
自嘲気味た微笑を口元へ浮かべ、沖田は抱いていた黒猫を抱き締めた
土方やの居る場所からは、沖田の表情は見えない
「痛ッ! 蛍っ痛いです!」
抱き上げられた子猫が身を乗り出し、沖田の目元を何度も舐めていた
身体から離された時には、沖田の顔に浮かんでいるのはいつもの笑顔だけ
「総司! 起きてねぇでさっさと寝ろ! こっちは忙しいんだ、いつまでも
お前を遊ばせておけねぇからな、風邪をぶりかえさねぇように治せよ?」
「土方さん…とか言う割には、暇そうですよ?」
「うるせぇ…近藤さんを探してんだ」
「また、逃げられたのですか?」
クスクスと笑みを見せる沖田に、いつもなら安心して微笑を浮かべられるのに
あの言葉を見てしまっては、微笑みの浮かべ方が分からない
「さん? どうかしましたか?」
沖田が不思議な顔での顔を覗き込もうとした其の時、遮る様に包みが
上から落ち、の手へと乗せられた
「トシの言う通りだぜ〜? 大人しく寝てねぇと、此の甘味は無しだな
いやぁ〜惜しいねぇ〜。美味いんだぜ〜? 此処の饅頭」
「え!? 近藤さんっ酷いです! 僕にも下さいよ!」
「それによ〜? 総司がいつまでも風邪を治さねーなら、も俺の隊に
ずっと居るってことだよな?」
「其れは駄目です!」
「んじゃ、総司はさっさと寝る! 君、原田君。お茶宜しくね〜」
包みを持って不思議そうな顔をするの目の前に、原田の腕が肩へと回され
引き寄せられる
沖田は沖田で近藤に連れられ、拗ねた顔を向けていた
「助けて、頂いたと……。そう思っても、宜しいのかしら…?」
「ああ? 俺と近藤さんは、何も知らねぇぞ?」
「原田さん…」
切なそうな瞳を原田に向けると、に返って来たのは原田の優しい瞳だった
口元に笑みを浮かべたまま、肩をポンポンとあやす様に叩かれる
「お前は、いつもの様に笑ってやっててくれ」
「…何や、ら不には落ちませんけど……。わかりましたわ」
『いつか…教えてくださいませね?』と苦笑を浮かべながらも、は原田と共に
お茶を入れるために、賄い所へと歩き出した
「ったくよぉ〜何で大人しく寝てねぇの?」
「だって、寝てたら雪が見れません」
「まだ降らねぇよ、寒さで余計に風邪を酷くするじゃねぇか」
「一番でないと、意味が無いです」
(僕には、願う事しかできませんから)
子供のように拗ねた顔を見せる沖田に、近藤は笑いながらも頬を抓り横へと伸ばすと
『痛いです』と苦情を言う沖田に優しく微笑みを向ける
「何も考えないで、ゆっくり寝るんだぞ?」
「寝ますけど…僕に内緒で、お菓子食べないで下さいよ?」
「解ってるよ、君達が来たら、ちゃんと起こしてやるよ」
近藤の言葉に、沖田は微笑を返しながらも自分の床へと入りゆっくりと瞳を閉じた
少し開けられたままの障子から、微かに見える冬の空
廊下では沖田の代わりに、子猫が金色の瞳でジッと空を見上げていた
― 星に手は届かなくとも
舞い落ちる雪になら、手が届くから
一番に此の手に掴む事のできる、願いの雪に
大切な人への永遠の幸せを願う
おわり
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泡沫草紙 / 紫上逢唯さまよりv
サイト一周年お祝い&サイトリンク相互お礼に頂きましたv
原田さん→固定ヒロイン→←沖田さん(←猫さん)+近藤さんなお話です。
わ〜わ〜わ〜〜〜v沖田さんだ!しかも切ないですよ(涙)
最近沖田さんを書いてなかったのですが、またお話書きたくなりました。
切ない沖田さんは好きです。
優しすぎる沖田さんに胸が苦しくなってしまいました・・・
あと、ヒロインは嫌われてしまいましたが猫さんが可愛かったv(笑)
猫って寂しい時は側にいてくれるんですよね・・・
例え普段はつれない態度だとしても(笑)
紫上さん、素敵なお話ありがとうございました!!!
大好きです〜vvv
これからもどうぞ宜しくお願い致しますv
2007.11.28 紅月レン
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