『優しい嘘』




俺は、実はゾロが優しい男だと言うことを知っている。

どんなに喧嘩をしても、どこで寝ていても、3度のメシには必ず起きるし、 誰にも聞こえないような小さな声でも、食べる前には「いただきます」、 食べた後には「ごちそうさま」と言う。
何を出しても文句も言わずたいらげるし、残すことも絶対にしない。
いつでも食に対する敬意は払っている。

時々、和食を出してやれば、ほんの少しだけ目元が嬉しそうな色に変わる。

本当は・・・俺の事なんて嫌いなんだろうに。

まぁ普通、野郎に好かれても嬉しくはない。
もちろん俺だって、ゾロ以外の野郎なんか気色悪い以外の何者でもねぇさ。


でも。


好きになっちまったんだ。


"恋に落ちる"とはよく言ったもんで、ある日、唐突に、心の奥にストンと落ちてきて・・・
もう駄目だった。

もう好きだった。

自覚した夜は流石に泣いたね。
ナミさんと、ロビンちゃんと、ビビちゃんと、世界中のレディに心の中で謝りながら。

それから、表立って何かが変わった訳じゃねぇけど、俺がキッチンで仕込みをしている最中に 船尾で錘を熱心に振っているゾロを、丸い窓からコッソリ見ては幸せな気持ちになったり している。


呼吸を読めるゾロの事だから、もしかしたら、俺の視線とか・・・気持ちとかに気づいて いるかもしれねぇけど、何も聞かず、何も言わず、普通に接してくれている。

本当に優しい男だ。







少し肌寒い冬の海域のせいで、うっすら白く曇ったキッチンの丸窓に、水面を乱反射する 光がキラキラと揺れている。
今日は、レディが好きな相手に気持ちを伝える日。
朝から、うちの麗しいレディ2人と一緒にキッチンにこもり、チョコレートを作っている。
野郎の人数分の義理チョコと、本命にあげるのだと思われるチョコをそれぞれ1つずつ。
ナミさんとロビンちゃんに本命チョコをあげたいと思うような相手がいるのには 驚いたが、視線を合わせ、クスクスと笑いながら作業を進める2人はとても楽しそうだ。

「きゃっ・・・チョコレートをまるめるのって意外に難しいわ!中からリキュールが出てきちゃう。 サンジ君、綺麗な形にしたいの。どうすればいい?」

ナミさんが作っているのは、酒入りのトリュフ。
丁寧に時間をかけると体温でチョコの表面が溶けるし、急ごうとして力が入ると真ん中が空洞な為 ペシャリと潰してしまう。

「あぁ・・・駄目だわ。生地が上手く膨らまない。コックさん、これはどしたら上手く焼けるのかしら」

ロビンちゃんが作っているのは、生地に蜜柑を混ぜたチョコレートケーキ。
自ら摘んだナミさんの蜜柑を、ロビンちゃんは丁寧にペースト状にして生地に混ぜオーブンへと運ぶ。

白い指が汚れるのも構わず、熱心にチョコを作るナミさんとロビンちゃん。
幸せそうな笑みが、少しだけ羨ましかった。

流石に、ゾロにチョコレートなんて渡せないしな。
例えゾロが、バレンタインというイベント・・・好きな相手にチョコレートを渡し想いを告げる日だ という事・・・を知らなくてもだ。



告白なんて・・・絶対無理だと思う。



そう思っていたのに。
結局、少しだけ余ったチョコレートを溶かし、ブランデーを注ぎ、ホットチョコを作っちまった。
材料が余ったから作っただけなんだ・・・と自分に言い聞かせながら。







昼間よりも気温の下がった夜の甲板で吐く息は白く、見上げた空は、澄んだ大気に今にも降りそうな程の 星が輝いていた。
マストから延びるロープに脚をのせ体重を掛けると、ギシッとマストの軋む音がする。


トレイに乗った夜食はゾロに渡し、その横に腰を下ろす。
けれども、ホットチョコを入れたカップは自分の手に持ったままだった。
食事中のゾロの横で煙草を吸うわけにもいかず、手持ち無沙汰な俺は持ったままのカップを 傾けゆっくり回した。
波立つホットチョコの表面から上がる白い湯気と共に、甘く、けれど少し苦い香りが見張台を包む。

やっぱりコレを渡すのは諦めようか・・・
と踵を返そうとすると、ゾロに呼び止められた。

「それもよこせ・・・手に持ってるやつ。俺にくれるんだろ。」

「あっ・・・あぁ。今夜は冷えるからな。温かいやつを作ってきたんだ」

俺が迷っている気配を感じて言ってくれたんだろう。
このホットチョコの本当を知らなくても、ゾロがソレを口にしてくれると思うだけで、 嬉しい気持ちになる。

「温かくて・・・美味いな」

そして、俺が喜ぶ言葉を言う。
メシを作る人間にとって"美味い"は最上級の褒め言葉だ。
口元が自然に笑みの形になるのが照れ臭くて、視線を足元に落とした。


ゾロは、本当に優しい。


「これって・・・一応チョコだよな?」
ゆっくりとカップの中味を飲み干すと、ポツリとゾロがつぶやいた。

「俺だって、今日がバレンタインで、どんな意味があるのかくらい知ってる。」
ゾロの言葉に驚き、顔を上げると静かな表情のゾロが見えた。

「クソコック・・・お前、俺に言いてぇ事があるんじゃねぇのか。」
ちゃかす訳でも、問いただす訳でもなく、ただ静かにゾロは言葉を並べる。

一瞬、"何を言ってるんだ!"と思い、それから少し考えて・・・一つの結論に辿り着いた。


想いを抱えて悩む俺に告白までさせてくれるのか・・・
その優しさはどこからくるんだろう。

ぼんやりと、そう思う。



「俺は・・・テメェの事が好きだよ。」






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前後編です(笑)
すみません。

全ての言い訳は後編でしますので!


後編はバレンタイン当日にアップ予定ですv


2006.02.06  美影 レン



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