『欠けた月の色3』





 掴まれた手首が熱い。
 振りほどけない程の強さではないのに身動きが取れない。
 手首から伝わるゾロの鼓動が、肌を通して自分の鼓動に重なる気がした。
 それを意識した瞬間に、サンジは自分の身体の奥から湧き上がってくる、身の竦むような感覚に身体を震わせる。
 ゾクリと、何か、肌が粟立つような感覚。
 浅く瞬きを繰り返すと、微かにまつげが震える。
 なんでそうしたのかはわからない。
 ただ、ゾロの瞳に光を吸い込まれたように、サンジは、そのままゆっくりとまぶたを閉じていった。




 唇に柔らかいのもが触れる・・・
 微かに震えた気がしたのは自分の身体だったのか、ゾロの唇だったのかサンジにはわからない。
 ほんの一瞬かすめるように触れたそれは、今度は、もう少し長く、サンジの唇の上に止まる。
 キス・・・とも呼べ無いくらい軽く触れているだけ・・・
 (やべ・・・なんでゾロとこんな事してんだ・・・って、ゆーか俺、何で指が震えそうなんだよ・・・)
 手首はまだゾロに掴まれたままで、そこから心臓の音が伝わるんじゃないかとサンジは思う。


 ゾロが最初に感じたのは、思っていたよりもずっと柔らかかった唇の感触と、微かな震え。
 別にこんな事をするつもりは全然無かったのだけど・・・

 おでこに触れたサンジの指から暖かいものが流れ込んできた気がして、思わず手首を掴んだ。
 掴んだサンジの手首は赤みを帯びていて、手のひらで感じる肌はゾロに溶けるように熱い。
 サンジの熱を意識した瞬間、ドクン・・・と身体の奥深くで何かが目覚めて・・・・・・
 サンジがゆっくりと目を閉じていくのが合図のように理性を手放した・・・

 後はもう無我夢中だった・・・・・・



 ゾロは薄く口を開くと、軽く唇を挟んできた。
 ゆっくり甘く、ついばむように・・・
 何度かそれを繰り返すと、今度は舌先がうかがうように唇を割って入り、チロリと前歯を舐めあげた。
 ビクンッ。
 サンジの肩が揺れる。
 嬉しいやら恥ずかしいやら、なんだかよくわからなくて。
 震えそうになる身体を必死に押しとどめようと、掴まれているのとは逆の手はゾロの腹巻の下の方をギューッと握り締めていた。
 こんなに近くにいるのに、肌が触れ合っているのは唇と手首だけ。
 唇が・・・手首が・・・燃えるように熱い。


 (クソッツ・・・耳から心臓が飛び出そうだ・・・)


 段々と口付けは深くなりゾロの舌がサンジの口内をまさぐる。
 怯えたように引くと、奥までゾロの舌は追ってきた。
 答えるようにゾロの舌先を舐めると、もっととせがむように舌を絡ませてくる。

 「・・・う・・・んっ・・・・・・」
 飲み込めなかった唾液が口の端から溢れ、顎を伝い、喉に引かれる透明なラインが月明かりにキラキラと輝きだした。






 口の脇にチュッと一度だけキスを落とすと、唐突に始まった口付けは唐突に終了した。
 離れるゾロの気配に名残惜しく思いつつサンジは少しずつ目を開いていく。
 あまりに硬く閉じていたせいかすぐに開けることができなくて、徐々に回復していく視界には、ぼやけた黄色い円が見えた。

 消えていた月が、再び満月へと形を戻していたのだ。

 そして、月を背にしたゾロの緑の髪の鮮やかさが・・・やけに目に眩しく映る。

 (ゾロ・・・ゾロ・・・やべぇよ・・・すげぇ好きだ・・・・・)

 ゾロは何も言わない。目を細めてじっとサンジを見つめている。

 (ゾロが・・・俺を見てる)

 「何で・・・こんなこと・・・したんだ?」
 ゾロの口から、ちゃんと聞きたい、俺の望む答えを。
 逸る気持ちを押さえ途切れ途切れに尋ねる。

 「・・・おめぇが・・・・・・」
 瞳を逸らさないままゾロが言葉を紡ぐ。

 「俺が?」

 ドクン



 ドクン・・・






 ドクン・・・・・・









 「誘ったからだ」





 (・・・・・・・・・)







 「・・・はぁぁぁぁぁああ?」
 カッとサンジの顔が真っ赤に染まる。
 もちろん怒気で。



 「俺は、誘ってなんかいねぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」












 ドカツ

 「ぐはっっ」
 ゾロの腹にサンジの蹴りがクリーンヒットした。
 いつもの喧嘩のときのそれとよりも、本当に本気で殺気が篭っていた。
 ドボンという音と共にゾロは海に沈み、サンジはうわーと叫びながら見張り台を飛び降りると男部屋に駆け込んでいった。








 腹立たしさをそのままに壁に八つ当たりすると、ミシッと壁が軋み見事な足型が付く。
 その気配に反応したのかウソップから、『うぅ〜』だか『むぅ〜』だか苦しげな寝が聞こえてきた。

 ぐるりと部屋を見渡して、サンジは少し考える。
 ここには皆がいるし、時間が経てばゾロも戻ってくるかもしれない。
 (奴を視界に入れたくねぇ・・・つうか、奴の視界にも入りたくねぇ)
 サンジは男部屋のハンモックから自分の毛布だけを掴むとキッチンへ向かった。
 こんな深夜に誰かが起きて、ここまで来ることもないだろう。
 キッチンに入りドアを閉めると、膝がガクガク言い出し、急に全身から力が抜けてきた。
 そのまま倒れこむようにテーブル脇の壁際の長椅子に横たわると毛布に包まる。
 膝を抱えて背中をまるめ、両手でギュッと顔を覆い隠した。

 (クソッ・・・クソッ・・・クソッ・・・鮫にでも喰われて死んじまえ!二度と浮かんでくるな・・・クソマリモ!!!)

 悔しくて、悲しくて・・・目からビショビショと涙が溢れてくる。

 (俺は誘ってなんかいねぇ・・・)
 (てか、誘われたら誰にでもあんなことすんのか?)
 (あ・・・?)
 (誰でも良いいのか?)
 (俺じゃ・・・なくても・・・・・・)
 止まらない涙で、毛布も・・・指も段々と冷たくなっていく。
 ほんの数分前までは、燃えるような熱を感じていたはずなのに・・・




 サンジはそのまま・・・窓から見える空が白むまで、キッチンで毛布を濡らして過ごした。




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