『欠けた月の色2』
ジャヤで新鮮な野菜を山ほど仕入れてきたので、今朝の食卓は野菜が豪勢だ。
ちぎったレタスとスライス玉ねぎ、細かく刻んだクルミを混ぜ合わせ、ミニトマトを4つ切りにして飾ったレタスとクルミのサラダ。
薄く透明なスライス玉ねぎを下に敷き詰め、オレンジ色のパプリカと生ハムを添えた、生ハムのマリネ。
ドレッシングはもちろんサンジの特製オリーブオイルドレッシングだ。
色とりどりに盛り付けられた食材達は、春の草原に広がる花のように鮮やかに食卓を彩る。
「せっかく天気も良いので甲板に用意してみました。」
サンジはナミをエスコートしつつ甲板へ向かうが、全員揃う前に食い始めやがったら、
今日は一日肉抜きだからな!とルフィーへの牽制も忘れない。
「あら?サンジくん今日は朝からご機嫌じゃない?何か良いことでもあったの?」
ナミは小首傾げる。
その角度のナミさんも素敵だ。
と目をハート型にしているサンジの目元が、ほんのりピンクに染まる。
そうなのだ、今朝、ゾロのことを思い浮かべながら、フワフワした良い気持ちになってみたり、
ノドの奥を軽く絞められたみたいにキュンとなったりしているうちに、なんだかどうしてもゾロの顔が見たくなってきた。
これはもしかしてやばいんじゃないか?と思ってみたり、いやいやそんな事はない普通普通とか、
そうだ!マリモが枯れてないか確認しようと思っただけなんだ、そうだそうだ、とか。
なんだかよくわからない言い訳を自分にしつつ、コッソリと男部屋に下りていったのである。
案の定、ゾロはスヤスヤと静かな寝息をたてている。
もしかしたら、多少のイビキは掻いているのかもしれないが、いかんせん豪快にハンモックから手足をはみ出させている船長の、
寝言とイビキがデカすぎる。
そんな中、平然と寝ていられるんだから、ちょっとやそっとでは起きないだろう。
よく鍛えられた、鋼のような筋肉がついている胸が、規則正しく上下している。
心臓のワキの辺りがチクッとした気がしたが、それには気づかないふりをした。
鼻の頭を軽くつまんでみる。
眉間のシワが深くなったのが面白くてケタケタ笑う。
今度は、おでこを指でなぞり『バーカ』と書いてみる。
そんな事をしていたら、ちょっと楽しい気分になってきた。
それから朝食を作り始めると、気が付いたら、なんとも可愛らしいサラダ達ができあがっていたのである。
そんなサンジの気持ちにナミが気づく訳はないのだが、目元をピンクに染めたまま、気恥ずかしくてサンジは視線を逸らす。
「サンジ〜早く飯くいて〜よ〜」
テーブルに噛り付きながらルフィーがぼやくと、珍しく一人で起きた剣士が、おでこをポリポリかきながらやってくる。
「よっしゃ〜!全員そろった!いっただきま〜〜〜す!!!」
ゾロが席に着くより早く食べ始めるルフィー。
コラー!とサンジの怒鳴り声が響く。
朝から賑やかで困っちゃうと言いつつ楽しそうなナミに、静かに微笑むロビン。
自分の分の確保に必死なウソップとチョッパーに、まだ眠そうなゾロ。
楽しげな笑声は、どこまでも続く紺碧の空に吸い込まれていった。
「あら?みんな聞いて」食後に新聞を読んでいたナミが話し始める。
「皆既月食ですって!」
「かいきなんとかって何だそりゃ?くいもんか?」
何でも食べ物にしたがるルフィーに、ナミは呆れ顔で溜息をつく。
「月食は月が地球の影に入って、満月のときに月が欠けていくことを言うのよ。
部分月食は月の一部分しか欠けないの。でも皆既月食になると月がすべて消えるわ。」
ロビンが丁寧に説明をしてくれる。
「なるほど理解した!不思議月だな!」
ニシシと笑うルフィーは満足げだが、わかってねーじゃねーかオイ!とウソップはツッコミを入れる。
「部分月食だと年に1回とか2回とかある年もあるけど、皆既月食になると数年に1度程度しかなかったと思うわ」
その2人を温かな眼差しでロビンは見つめながら話をする。
「さすがロビンさんは博識だ〜、そんな才女なあなたにメロリンラブ」
片付け途中の食器を両手に持ったまま、サンジはまたアホな事を言っている。
格納庫にバーベルを取りに行ったゾロは、そんなサンジを苦虫を潰したような顔で見ていた。
「そう!それなんだけど!グランドラインのこの地域で皆既月食が見れるのはなんと、10年ぶりですって。
ただ、角度の関係で、本当にギリギリ皆既月食みたいだから、実際に月が全部隠れている時間は短いみたい。
しかも、次はまた数年後になるらしいわよ〜」
「完全に月が消えている間は月明かりもなくなるから暗くなるけど夜空の星はよくみえるから、
もしかしたら流れ星とか見れるかもしれない」
ナミが目を輝かせる。
「流れ星がみたいなんて以外に少女趣味だな・・・」
ウソップが呟くと、以外ってどーゆーことよ〜!
カッツーンとクリマタクトが飛んできた。
「でもね、見るだけじゃ駄目なのよ!3回願い事を唱えないとね!!『金・金・金』って!」
高らかに宣言するナミ。
そっちが本命か・・・と一同目を合わせて苦笑いをした。
完全に月が消えるのは深夜の1時頃になるらしい・・・・・
今夜の見張りはゾロだ。
ルフィーなんかは不思議月を見る気満々だったのだが、やはり子供は眠いらしい。
普段そんな時間まで起きていない上に、浮かれて夜まで騒ぎすぎたせいですっかり寝息をたてている。
そんなルフィーに付き合って遊んだウソップとチョッパーもやはり男部屋のハンモックで、夢の中の住人と化していた。
更に、見る気十分だったナミまでも
「夜更かしはお肌良くないわ!」
急に叫ぶと、ロビンを連れて女部屋に引き返して行ったのだ。
見張り台で、ゾロは独り寝そべっている。
見上げた空には、いつもと同じように、金色に輝く満月が見えた。
その輝かんばかりの金色は、前から気が合わないとは思っていたが、最近見ているだけでもイライラする誰かの髪を彷彿させる。
今朝、ゾロは息苦しくて目が覚めた。
一瞬何が起きているかわからなかったが、どうやら誰かに鼻をつままれているらしい。
コラとどなろうと思って口を開こうとすると、ケタケタと笑い声が聞こえてきた。
サンジだ。
一旦タイミングを逃してしまうと起きるに起きれず、ゾロはそのまま寝たふりを決め込んだ。
人の顔を見れば、何かと文句を付けては絡んでくるこのアホコックが、自分の顔を撫でては楽しそうに笑っている。
ゾロは不思議と心が騒いだ。
目を開ければ気づかれてしまうので、実際は見えないのだが、普段のトゲトゲしい雰囲気とは全く違う。
(いつもこんなふうに笑ってりゃ良いのに・・・)
サンジの指がおでこに何かを書いた。
すると名残惜しげに指が離れていく。
その手首を掴んで引き寄せたい衝動に駆られたが、黙って離れている気配だけを感じていた。
パタンと扉の閉まった音を合図に目を開く。
ほんの少しだけ、おでこが熱い気がした・・・
「ありゃいったい何だったんだ?」
ゾロはボソッと声に出して言ってみる。
見上げれば満月だった月は、下のほうが黒ずみ始めていた。
月みてぇにコロコロ変わる気分屋だからな・・・あいつは。
きっと意味なんてないんだろう。
月明かりが眩しくて目を閉じる。
なのに、まぶたの裏に浮かぶのは、今夜の月のように輝く金髪のコックだった。
見張り台にはゾロがいるはずだ。
サンジはゾロ用の夜食を作ったのだが、空島から持ってきた空魚をベースに、ついつい手の込んだツマミを作ってしまった。
頭の上のお盆には、ツマミとかわいらしいおちょこを2つ載のせ、手にはゾロが好きそうな辛口の米でできた酒を、
よく冷えたとっくりに入れて持っている。
その格好で器用にマストを登ると、いつもの時間より、ほんの少し遅いけど差し入れだ!と、見張り台の中を覗き込む。
ゾロはしっかり寝ていた。
ドコッ!
月へと向けて高々と足を振り上げると、強烈な踵落としがゾロの腹にヒットした。
「見張りが寝てどうすんだよ!この役立たずが!」
更にわき腹へと蹴りをお見舞いする。
「俺は殺気を感じたら起きるから大丈夫だ」
2度もサンジの蹴りを腹にくらえば、流石のゾロでも半端じゃなく痛い。
しかめっ面で腹をさすりながらゾロは起きだした。
「かーっ、俺がせっかく夜食を持ってきてやったのに何だその顔は」
「生まれつき面が凶悪なのはしょうがないとしても、少しは感謝の意を表しやがれ」
お盆と酒をゾロの正面に置くと、見張り台の反対側にサンジも座った。
いつもなら猛然と反論してくるゾロだが、珍しく見張り中に持ってこられた酒にありつけなくなるのは
困ると思ったのか、何も言い返してこない。
それはそれでちょっとつまらん・・・と一瞬サンジは思ったものの、黙ってとっくりから酒を飲もうとしているゾロを慌てて止めた。
「オイコラ・・・直接飲むな」
「む・・・」
ゾロは仕方なさげに口を離す。
「何の為におちょこが2つあると思ってんだ」
サンジはおちょこを片方ゾロに手渡すと、とっくりの方をすごい勢いで奪い取った。
「そんなちっせーのでチビチビ飲んでうめーのかよ」
「これはこーやって飲む酒なんだよ」
ぶつくさ文句を言いながらも差し出してきたゾロのおちょこに、サンジは酒を注ぐ。
小さなおちょこの揺らめく水面に、キラキラと月明かりが反射する。
サンジも自分のおちょこに酒を注ぐと話を始めた。
「あのさぁ、知ってっか?」
「今日は『月食』なんだってよ」
「わかるか?月食」
「満月の夜に月が欠けるんだ!」
「そりゃ、普段も三日月とか半月とかあるけど、満月だった月が徐々に欠けていって、全て消える。
それがほんの数時間で起こるんだぜ?すごいだろ?」
「しかも、月が全部消えるのは10年振りなんだってよ」
「だから今夜は月見酒だ」
思っていたよりも酒は強く、サンジの頬は少しずつ紅潮していく。
ゾロは『ああ』とか『そうか』とか気の無い返事しかしてこない。
(なんだよ〜もっと話にのってこいよな〜)
(俺と話すのはつまらねぇのかよぉ〜)
サンジはプゥと口を尖らせた。
酒のせいだか何だか、目元が濡れて視界がキラキラしてきた気がする。
前髪を掻き揚げながらチラリとゾロの方を見てみると、ゾロはサンジを見ていた。
(あ・・・またあの瞳だ・・・)
深い翠・・・でも今日は更に影が濃い。
(クソッ・・・何だよ・・・ありゃ反則だろ)
胸が苦しくていたたまれなくなってくる。
おちょこに残っている酒を一気に煽ると、サンジは四つん這いでゾロの横までやってきて膝を抱えて座り込んだ。
「おまえよぉ・・・何か言いてぇことがあんならはっきり言えよな」
ゾロは何も答えない。
ただ瞳の翠だけが暗く深くなっていく。
しばらくそのまま見つめ合っていたが、サンジは間がもたなくて唐突に今朝のことを思い出した。
ゾロの顔に指を伸ばす。
おでこに文字を書いて『バーカ』と言うと
ニヘッ
と笑った。
突然、ゾロに伸ばしていたサンジの手首がギュッと掴まれる。
頭上に輝いていたはずの金色は消え、欠けた月は紅黒い影に変わり、周囲が闇に包まれる。
ゾロの瞳が、紅い闇色に染まった気がした・・・・・・
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