Rainy days 2 『胸に残る淡雪』


眠るサンジの額に・・・唇を寄せた。
それは俺の心に密かに残る記憶・・・それから4ヶ月。

季節は緩やかに流れ続けている。
俺達の関係に劇的な変化をもたらすことも無く・・・


1月末に後期試験が終了すると、大学は長い春休みに入る。
通常であれば4月の新学期が始まるまで大学に来る必要は無い。
しかしゾロは昨日と今日の2日間キャンパスに足を運んでいた。
2月13日に理工学部、2月14日は経営学部の入試が行われ、その試験官のバイトをした為である。
去年の今頃は親に呼ばれて渋々実家へ帰省したが、今年はこのバイトを理由にこっちへ残ること
を主張した。
試験官のバイトをすることは事実だが、帰省したくない本当の理由は・・・サンジに会えなくなって
しまうからだった。

朝から降り続けている雪は、夕方にもなると見上げると低い位置に広がっている空と、足元にある
人工的なアスファルトを同じ色に染め上げていた。
校舎から正門へ続く坂は、休み中は車の通りが少ないせいか、車道はほとんど雪が降ったままの状態で
残っているにもかかわらず、歩道側はたくさんの足跡に固められた雪が所々氷状になっている。
その、校舎から流れる人波の中をゾロもゆっくりと正門へ向かって歩いていた。
毎年受験シーズンは決まって雪だ・・・自分が受験生の時もそうだったな、とゾロは思う。
まわりを歩く受験生達はきっとこの後の日程も他の大学を受けるのだろう、今日の試験は終わったにも
関わらず手には単語帳やテキストを持ちうつむき加減で歩いている。

実はゾロは通常の入試で入ってきたわけではない。
この大学には推薦、一般の他に一芸入試というものが存在する。
一応試験はあるし面接もあるのだが、(ある程度の学力と素行は見られるらしい)
それ以外に、『特筆する何か』をアピールするのだ。

俺の知ってる奴では、例えば、県内で唯一高校生でサッカー公認審判員3級の資格を持ってる奴がいた。
これは都道府県サッカー協会の公式試合の主審・副審を担当できるレベルだ。

そして、俺は、剣道でのインターハイ3年連続優勝、在学中の公式試合無敗の実績を認められて入学
してきた。
因みにサンジも一芸入試だが、調理師免許を持っている事と、全国各地で行われている料理の大会で
優勝している事とで入学できたらしい。
(俺には料理のことはよくわからない)
あの女好きが男の試験官に囲まれての面接で大人しくできていたのかは疑問なとこだ。

・・・そういえば、あの日以来、一つだけ変わった事がある。
サンジがたまに俺の家に来ては何か作って食わせてくれるようになった。
冷蔵庫に酒しか入っていなかったのに驚いたらしい。
後日聞かれた時に、いつもあんなもんだと答えたら、『冷蔵庫がもったいないじゃねぇか』と、
頬を膨らませて怒りまくっていたが・・・そのサンジの顔がまた可愛かった。
俺を気遣うサンジの態度が嬉しくて、ついニヤニヤしていたら『笑ってんじゃねぇ!』と
蹴り飛ばされたけれど・・・



ひやり、と一片の雪が頬に当たったことでふと正気に戻る。
こんなふうに何か考えていると、いつも最後にはサンジに辿り着く。

ゾロは緩む口元をキュッと引き締めた。
ボーっと歩いていると雪で足を滑らせるかもしれない。
こんな受験生だらけの場所で縁起の悪いことはしたくないしな、とゾロは思う。



「お〜い、ゾロぉ〜」
その時、遠くても聞き間違えることの無い、少しだけ低くでも甘い声がゾロを呼んだ。
振り返ると、坂の上の方から駆けてくる黄色い頭が見えた。
白い雪に金髪がよく映える。
足首まである黒のロングコートは細身なサンジに良く似合っていて、裾を翻らせて駆け寄る姿は
大地を駆けるしなやかな獣を連想させる。

(でも・・・雪でこの坂であのスピードじゃ危ないんじゃ・・・・)


「うわぁ」
ボスッ・・・


思っていた矢先にサンジが転んだ。
急に立ち止まった女を慌ててよけようとした結果だ。
幸い衝突はしなかったものの、派手に転んだサンジは頭から雪まみれになっていた。

苦笑いを浮かべながら、ゾロはサンジに歩み寄る。
「そんなに慌てて走らなくてもちゃんと待っててやるのに」
手を差し伸べサンジを立たせると、ゾロは頭やコートに付いた雪を丁寧に払ってやった。
「だって、雪だと音が吸い込まれるだろ?声・・・聞こえないんじゃねーかと思って」
寒さで鼻の頭を赤くしたサンジは言う。
「あ、これからお前んとこ行くから。試作品作るから食えよな。つーことで、ハーレーの後ろに乗せろ」
「今日はバイクで来てねぇよ。朝から雪だっただろ?雪の日は出さねぇよ。」
「なんだよ〜、雪の中飛ばせると思って楽しみにしてたのに」
「アホ。あぶねぇだろ」
走って、しかも転んだせいで乱れた髪を、ゾロが指で梳いて直してやるとサンジはしょうがねぇなと
つぶやいた。
結局、少し時間はかかるが歩いてゾロのアパートまで行くことになった。





ハラハラと舞い落ちる小さな雪の結晶は、地表にたどり着いては溶け、消える雪の上に更に雪が舞い落ち、
それを何度も何度も繰り返しようやく空と同じ白ができあがるのだ。
そして、いつしか日が落ち街が夜色に染まる頃には、足元に広がる柔らかい雪明りが空を照らし出す。
このくらいの雪なら、傘なんか差さない方が雅だろ?なんてサンジが笑うもんだから、手にした傘を使う
こともできず、気が付けばゾロとサンジの髪やコートはビーズを散りばめたようにキラキラする装飾が
施されてしまっていた。
口から漏れる白い息にもかまわず、いつものようにサンジはしゃべりまくり、おれは相槌を打ったり
笑ったりする。
そして何度目かに、サンジ腕がゾロのコートをかすめた時に、サンジの歩き方がおかしいことに気がづいた。

俺が気を使って(俺がこんな気遣いをするのはサンジだけだ)車道側を歩いているのに、サンジは
フラフラとたまに俺よりも車道側を歩いたかと思うと、また内側に戻っていたりする。
そして、その度に『うぉ』とか『うぁ』とか言っていて・・・

「おい、そんなにフラフラすっとまた転ぶぞ。大人しくまっすぐ歩け」
ゾロがサンジのコートの襟を掴んで固定しようとすると、サンジはじたばたと抵抗する。
「やめろ!俺は猫じゃねぇ。首根っこなんか掴むんじゃねぇ!」
「・・・ぎゃぁ!」
3歩ほど歩いてサンジが悲鳴を上げた。

「ほら、店のエアコンの吹き出し口って歩道側についてる時があんだろ?」
「あれヤなんだよ」
「外気よりよっぽど冷たいじゃねぇか」
「だから俺は避けてんの?」
「OK?」
サンジのコートは暖かさを逃がさないつくりになっているが、普段から体温が低いサンジは、はみ出ている
手足から身体が冷えていってしまうのだ。
とにかくさみーんだよー、サンジはうなる。
そして、はっと何かに気づいたようにゾロを見た。
急にゾロの右手を掴むと、路地と入っていく。
何だよというゾロに、良いから黙って付いて来いと言うと突き当たりの暗がりまできた。
「・・・せ」
「あ?」
サンジが何か言ったがゾロは聞き取れなくて聞き返す。
「コートのボタンを外せ。今すぐに」
ゾロは眉をひそめサンジを見るが、逆らったら蹴り飛ばされそうな凶悪なツラをしている。
わけがわからないのはいつものことか・・・と諦め、ゾロは渋々とボタンを外した。
すべて外し終え、手元に落としていた視線を上げようとした・・・その瞬間、
ゾロのコートの前をがっと広げてサンジがゾロの懐に飛び込んできた。

ゾロは息が止まりそうになる。

「なっ・・・」
「う〜〜〜〜〜あったけ〜〜〜〜〜」
一瞬間があり、サンジが溜息と共に声を漏らす。
「てめぇから寒いとか聞いたことねぇし、筋肉の塊だからきっと暖かいだろうと思ってよ〜〜〜
 やっぱ、思ったとおりだ。」
サンジはゾロの首筋に鼻先を突っ込んで擦り寄ってきた。
「ん〜マジあったけぇよ。生き返る〜〜〜〜」
ゾロは確実に体温が1度は上昇したと思う。
驚きのあまり中に浮いたままだった両手をゆっくりと、軽くサンジの背中に回した。
でも、不自然な力が入らないように・・・慎重に。
そして、喉の奥で止まっている息を、溜息と共に一度大きく吐き出した。
「何しやがんだ急に・・・人に見られてもしたらどうすんだ?」
「だから人目につかないとこに来たんだろーが。俺は寒いんだ!背に腹は変えられねぇって言うだろうが!」
サンジはぎゅうぎゅうと抱きついてくる。
静まれ心臓・・・不自然に脈打つ心臓の音がサンジに聞こえるんじゃないかと思う。
そして、確実に赤みを帯びているだろう頬に、もう日が落ちて辺りが暗くなっていて良かった・・・と
ゾロは頭の片隅で思った。





アパートに着くと、サンジはキッチンでなにやら作り始めた。
ゾロはベッドに座り筋トレをしているが、先ほどの事で頭がいっぱいで上の空でバーベルを振っている。
すると、段々と甘い香りがキッチンから漂ってきた。
タパタパタパとスリッパの音がしたかと思うと満面の笑みでサンジが駆け寄る。
「できたぜ〜ゾロ!食ってみろ。」
手に持つマグカップをゾロへと差し出した。
白い何の模様も入っていない大きめな作りのマグカップ。
何度かゾロの部屋に来るようになって、いつのまにか増えていたサンジの私物の一つだ。
カップの中には少しだけ透明な茶色い液体が入っている。
恐る恐る口をつけてみると、甘い香りに反してほろ苦い旨みが舌に広がっていった。
ブランデーベースのホットチョコだ。
「それなら甘いものが苦手なてめぇでも食えるだろ?」
「あぁ・・・うめぇな・・・チョコをうめぇと思えたのは始めてだ」
その言葉にさんじがニカッと笑った。
やっぱ俺って天才?マリモの苦手を1つ攻略したな。うん。凄いぞ俺。などと言っている。
そして、ゾロがカップの中身を全て飲み干すと満足げに微笑んだ。

「じゃ、帰るわ、俺」
サンジはコートを羽織り玄関へと向かう。
来たのが唐突なら帰るのも唐突だ。
付いてからまだ1時間もしていないというのに。
「もう帰るのか」
「用事はすんだからな」
「送ってこうか?」
「女の子じゃあるめぇしいらねぇよ」
そのまま部屋を出て行こうとするサンジを呼び止める。
「じゃぁ、これでもしてけ」
ゾロは先ほどまでしていた手編み風のダークグレーのマフラーをサンジに差し出した。
「おう、わりぃな」
サンジは目を閉じると「ん」と少しだけアゴを上げた。

(・・・・・・!)

その仕草にゾロはズキンときた。
目を閉じ、薄く開いた唇を差し出す姿は、まるで出掛けにキスをねだっているように見える。
慌ててブンブンと頭を振ると、ゾロはサンジの首にマフラーを巻いてやった。
ゆっくり目を開けるとサンジはマフラーに口元を埋める。
「じゃぁな」
声と共にパタンと扉が閉まった。





心臓がバクバクしたまま部屋に戻ると、深く息を吐いて、気を紛らわせる為に何かしようと部屋をぐるりと
見渡した。
(俺は今日一日で何回深呼吸をしたんだ・・・・・・)
雪に濡れたので、乾かすために出しっぱなしにしていたコートに目が留まり、クローゼットにしまおうと、
ゾロが手を伸ばした。
するとコートの内側から微かなタバコの香りが漂ってきた。
これは・・・いつもサンジが纏っている香りだ。

諦めたはずの恋心が切ないほど胸に湧き上る。
ゾロはそのままコートをギュッと抱きしめると香りが深くなった。


先ほど飲んだホットチョコのように、ほろ苦く・・・でも甘い・・・サンジの香りが・・・・・・



ゾロの腕の中に残っている。





 End



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